ぬき乱る人こそあるらし白玉の
まなくも散るか袖のせばきに
- 歌の意味
- この滝の上で玉をつないだ紐をぬいて、玉をばらばらにしている人がいるらしい。受け取る袖はせまく、こぼれてしまうのに玉が絶え間なく乱れ飛び散る。
- 鑑賞
- 八十七 つげの小櫛も
ある男が摂津の国(現在の兵庫県)芦屋の村に領地がある縁故でそこに住んでいた。男は大した地位もなく、いい加減に宮仕えの仕事を兼務していたので衛府の次官たちが集まってきた。男の兄も衛府の長官で男の家の前の海辺を遊び歩いた。
ある時、男の兄が山の上にある布引の滝を見物しようと言うので山に登った。その滝は普通の滝とは違い長さが二十丈(約六十メートル)、広さが五丈(約十五メートル)くらいの石の表面を水がすべり落ちている。滝の途中の石の出っ張りに水が辺り蜜柑か栗くらいの大きさにはじけて飛び散る。一緒にいた人に滝の歌を詠ませる。
歌は男の兄が詠んだ「わが世をばけふかあすかと待つかひのなみだの滝といづれ高けむ」を受けて男が詠んだ。この歌を聞いたまわりにいた人たちはこの歌に興じて詠むのをやめた。
歌は水が飛び散る実景を歌いながら、男の兄が詠んだ自らの不遇な身の上を嘆く歌を受けて兄の悲運を慰めようとしても男の身分は低く支えきれない自分の不甲斐なさを詠んでいる。そばにいた人たちも歌の発想のおもしろさと兄弟の心情を思い、歌を詠む事をやめたのだろう。
詠み人である男の兄、衛府の長官は在原業平の兄で在原行平のことで、この歌は『古今集』にも行平の歌として収録されている。