- 表題
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- 伊勢物語
みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに
みだれそめにし我ならなくに
陸奥の国の信夫の里のしのぶ草のもじり染めの模様は乱れに乱れている。その模様がさながらに私の心は乱れ初めてしまったのは、あなた以外の誰のせいでもないのに。
起きもせず寝もせで夜をあかしては
春のものとてながめくらしつ
昨夜は起きているでもなく、寝るのでもなく夜を明かして、今日も春のならいとして、しとしとと降る雨を春の愁いで仕方ないと思いながらぼんやりと眺めて物思いに一日をすごしてしまった。
思ひあらば葎の宿に寝もしなむ
ひじきものには袖をしつつも
もしあなたに私を思う心があるならば、葎(むぐら)の生い茂るあばらやででも共寝をしましょう。ちゃんとした夜具もなく、敷物には袖をしながらでも心をあたたかく。
月やあらぬ春や昔の春ならぬ
わが身ひとつはもとの身にして
月はちがう月なのか。春は過ぎた年の春ではないのか。私だけが昔のままであって、私以外のものはすっかり変わってしまったのだろうか。
信濃なる浅間の嶽にたつ煙
をちこち人の見やはとがめぬ
信濃の国になる浅間の山で、たちのぼる煙は風であちこちになびくが、その煙を遠くや近くの人は見とがめないのであろうか。そんなはずはないと思われるが。
から衣きつつなれにしつましあれば
はるばるきぬるたびをしぞ思ふ
唐風の着物は着続けていると柔らかく身に馴染んでしまう。その着物のように親しみあって離れがたい妻が都には住んでいて、都を離れて遠くまで来てしまった旅路の遠さをしみじみとやるせなく思う。
名にし負はばいざこととはむ都鳥
わが思ふ人はありやなしやと
都という名をほんとうにその身にもっているならば、都鳥よ、たずねよう。私が思いつづけている愛しい人は都で暮らしているのかいないのかと。
みよし野のたのむの雁もひたぶるに
君が方にぞよると鳴くなる
三芳野のたんぼに降りている雁も鳴子の引板をひくと片方へ鳴きながら逃げて寄っていきますが、そのように私の娘もあなたの方に心をよせている。
わが方によると鳴くなるみよし野の
たのむの雁をいつか忘れむ
私の方に心をよせると言ってらっしゃるという、三芳野の里で私をたよりにしているお嬢さんを、いつの日にか忘れてましょうか。忘れることはありません。