- 表題
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- 伊勢物語
武蔵鐙さすがにかけて頼むには
とはぬもつらしとふもうるさし
手紙に武蔵鐙(むさしあぶみ)と書いて送ってくさいましたが、私以外の女にも関わるあなたが、心にかけて頼りにしている私としては、便りをくださらないのも辛く、かと言って便りをくれても煩わしい気がする。
とへばいふとはねば恨む武蔵鐙
かかる折にや人は死ぬらむ
便りをすればうるさいといい、便りをしなければ辛いと恨む。武蔵鐙が馬の背の両方にかかっているように、どちらにもひっかかる。このような時にどうしていいか迷って人は死ぬのだろうか。
夜も明けばきつにはめなでくたかけの
まだきに鳴きてせなをやりつる
夜も明けたなら水槽につっこんでやらずにおくものか、あのばかな鶏が夜も明けないうちに早々と鳴いて、いとしい夫を送りだしてしまったことよ。
あだなりと名にこそたてれ桜花
年にまれなる人もまちけり
桜の花は誠実さがなく、すぐに散ってしまうことで有名であるけど、一年の間でもごくたまにしか来ない人を花も散らさず待っていた。
けふこずはあすは雪とぞふりなまし
消えずはありとも花と見ましや
今日こなければ、この桜は雪の降るように散り落ちてしまうでしょう。雪とは違い、たとえ消えずに残っていたとしても花と見るでしょうか。
紅ににほふはいづら白雪の
枝もとををに降るかとも見ゆ
紅色に色変わりして美しく見えるのはどのあたりでしょうか。白雪が枝もたわむくらいに、降り積もっているかと思われるように真っ白に見えます。