- 表題
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- 伊勢物語
こもり江に思ふ心をいかでかは
舟さすさをのさして知るべき
深く入り込んで葦など生い茂って人目のつかない入り江のように、深くひそやかな私の思いを、あなたはどうして、舟を進めるための棹を水底にさすようにはっきりと知ることができるでしょうか。
玉の緒をあわをによりて結べれば
絶えてののちもあはむとぞ思ふ
玉を通す糸を多くの糸筋をあみあわせた弾力のある丸い組紐により上げて結んであるから、たとえ切れた後でも必ずまたあって結ばれるだろう。
出でていなば限りなるべみともし消ち
年へぬるかと泣く声を聞け
皇女の柩が御殿を出ていってしまったなら皇女にとっては最後となるでしょう。ともし火を消して、はかなく短い御命であったと、みなが泣く声をきけ。
いとあはれ泣くぞ聞こゆるともし消ち
消ゆる物とも我は知らずな
深い悲しみがこみあげてくる。若くして亡くなってしまった皇女を惜しんで泣いている皆の泣く声が、ともし火の消えた暗い中から聞こえる。皇女がほんとうにむなしく消えてしまうか私にはわからない。
出でていなば誰か別れの難からむ
ありしにまさる今日はかなしも
女が自分から出ていったなら誰が別れ難く思うだろうか。無理に連れ去られてしまって、思うように逢えなかった今まで以上に今日は悲しい。
出でて来しあとだにいまだ変わらじを
たが通ひ路と今はなるらむ
あなたの家を出て帰ってきた私の足跡さえもまだそのまま変わらずに残っているでしょうが、何しろ浮気っぽいあなたのことだから誰かの通い道に今はもうなっているのだろうか。
名のみたつしでのたをさは今朝ぞなく
庵あまたとうたまぬれば
悪い評判ばかり立って、ほととぎすは今朝はまた今朝で、あちらこちらに自分の巣も定めないで渡り歩くといって嫌われ仲間はずれにされてしまったので、泣いています。