渡つ海のかざしにさすといはふ藻も
君がためには惜しまざりけり
- 歌の意味
- 海の神様が髪飾りにして挿すための大切な海藻も、あなた様のためには惜しまなかった。
- 鑑賞
- 八十七 つげの小櫛も
ある男が摂津の国(現在の兵庫県)芦屋の村に領地がある縁故でそこに住んでいた。男は大した地位もなく、いい加減に宮仕えの仕事を兼務していたので衛府の次官たちが集まってきた。男の兄も衛府の長官で男の家の前の海辺を遊び歩いた。
ある時、男の兄が山の上にある布引の滝を見物しようと言うので山に登った。その滝は普通の滝とは違い長さが二十丈(約六十メートル)、広さが五丈(約十五メートル)くらいの石の表面を水がすべり落ちている。滝の途中の石の出っ張りに水が辺り蜜柑か栗くらいの大きさにはじけて飛び散る。一緒にいた人に滝の歌を詠ませた。
滝から帰る道が遠く、すでに亡くなった宮内省長官のもちよしの家の前まで来ると日が暮れてしまい、歌を詠んで家に帰った。
その夜は南の風が吹いて波が高い。翌朝早く、泊まった家の召使の女の子たちが海岸に打ち寄せられた海松(みる)を拾って帰って来た。家事をとりしきる妻たちはその海松を足のついた台に小高くのせて、柏の葉で上をおおって男たち一行に差し出した。
歌はその柏の葉に書かれていた。
海松を海の神様の髪飾りに見立てた比喩表現で、悲運な男とその兄の嘆きをいたわる思いやりの気持ちが現れている。