有明の月も明石の浦風に
波ばかりこそよると見えしか
- 歌の意味
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有明の月も明るい明石の浦、その浦風のなかで、夜らしいものといえば寄せてくる波ばかりに見えた。
- 鑑賞
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巻第一 殿上闇討
平家物語の巻第一は、平家の祖先の由来から説き起こされる。平忠盛が鳥羽院のために三十三間の御堂を造進した功により、但馬国を与えられ、さらに念願の昇殿を許されたところから物語は動き出す。
この昇殿を面白く思わなかったのが公卿たちだった。伊勢の田舎武士が殿上人に伍するとは何事かというわけで、豊明の節会の夜に闇討ちにしようという計画が持ち上がる。事前に察知した忠盛は、木刀に銀箔を押した刀を用意して参内し、灯りの下でわざと抜いて見せて相手をひるませた。郎等の平家貞も鎧を着込んで庭に控え、計画は自然に立ち消えとなる。のちに公卿たちが訴え出たが、忠盛が偽物の刀を差し出して見せると、鳥羽院はかえって忠盛の武士らしい配慮に感心し、咎めなかった。
この一連の話に続けて、物語は忠盛の風流を伝える二つの挿話を置く。その一つが、忠盛が備前国から都へ上ってきたとき、鳥羽院から「明石の浦はどうであったか」とお尋ねがあり、それに答えて詠んだのがこの一首である。
院はこの歌に感じ入り、のちにこの歌は勅撰集である金葉集に採られた。武士でありながら歌もよくするという評価が、忠盛の昇殿を支える背景として語られている。
「明石」に「明かし」を掛け、「よる」に「寄る」と「夜」を掛ける。掛詞を二つ重ねた技巧的な歌である。
有明の月が出て空はもう明るい。それでも浦風のなかで、夜らしいものといえば寄せてくる波だけだった——という景で、明るさと夜とを一首のうちに同居させている。「明石」という地名が「明かし」を呼び、その明るさが「夜」を打ち消す。地名を軸にした構成になっている。
武辺一辺倒の田舎武士という周囲の見方に対して、物語がまず示すのがこの歌である。次に置かれる女房の歌と合わせ、忠盛が歌の世界でも通用する人物であったことを示す配置になっている。
有明の月……夜が明けてもなお空に残っている月。
明石……播磨国の歌枕。「明かし」を掛ける。
浦風……海辺を吹く風。
よる……「寄る」と「夜」を掛ける。
見えしか……見えたことだ。
金葉集……金葉和歌集。源俊頼撰の第五番目の勅撰和歌集。
豊明の節会……新嘗祭の翌日に行われた宮中の宴。
昇殿……清涼殿の殿上の間に昇ることを許されること。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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