いかにせん藤の末葉の枯れゆくを
ただ春の日にまかせてやみん
- 歌の意味
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どうしたらよいだろう、藤の末葉が枯れてゆくのを。ただ春の日にまかせて、それきりにしてしまおうか。
- 鑑賞
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巻第七 主上都落
木曽義仲の軍が迫るなか、後白河法皇は平家の計画にいつしか気づかれたらしい。按察大納言資賢の子息、右馬頭資時ひとりを供として、いずくともなく御所を忍び出られた。誰一人このことに気づいた者はいない。
その日、法住寺殿の宿直をしていたのは、平家の侍で気転のきく橘内左衛門尉季康だった。御座所のあたりが騒がしく忍び泣きの声さえ漏れてくるので聞耳をたてると、法皇はどこへ行かれたのか、お姿が見えぬ、という声が聞こえる。季康が慌てて六波羅へ注進すると、宗盛はどきっとして法住寺殿へ駆けつけたが、たしかに法皇だけがもぬけの殻であった。法皇の失踪はたちまち京中に知れ渡り、それまで冷静を保っていた平家にとって決定的な打撃となる。
今はただ幼い主上ばかりが頼みである。その日、六歳の主上は国母建礼門院の膝に抱かれて輿にお乗りになった。何もわかろうはずのないいとけない様子が、かえって哀れである。宝剣、神鏡、玄上、鈴鹿などを取り忘れるなと平大納言時忠の声がかかったが、ごたごた騒ぎの最中で忘れる物も多く、そのとき御座所にあった御剣なども忘れられた一つであった。
摂政基通も行幸に供して加わっていたが、七条大宮のほとりで、一人の童子が車の前を横切った。何気なく見ると、童子の左袂に「春の日」という文字が書かれているのが目に入る。「春の日」とは代々藤原氏の守り神である春日大明神のことだから、基通も何となく心強い気持になっていると、その童子の声らしく、この一首が聞こえてきた。
何事も春日大明神にまかせよという神意であろうか。基通は供の進藤左衛門尉高直をかえりみて、主上の行幸はあっても法皇の行方はわからぬ、この先は不安だと、暗に西国落ちに参加したくないことを仄めかした。高直もすぐに主の気持を察して車の牛飼に目くばせする。牛飼も心得たもので、都落ちとは反対の方角へ、都を北へひた走りに走り、北山の知足院に入った。
「藤の末葉」は藤原氏の子孫である。藤は花も葉も垂れ下がる植物だから、末葉が枯れるという言い方に、家の末の衰えがそのまま重なる。
眼目は「春の日」で、季節の春の日と、藤原氏の氏神である春日大明神とを掛けている。藤の花は春の日を浴びて咲くものだから、枯れかけた藤を春の日にまかせるというのは、氏神に運を委ねよという意味になる。基通はこれを、平家と運命を共にするなという指示として受け取った。
平家物語には神託の歌がいくつか置かれている。巻第一「鹿ヶ谷」で成親が夢に聞いた「桜花かもの川風うらむなよ」、巻第二「卒都婆流し」で梛の葉に現れた「千早ぶる神に祈りの」。前者は聞き入れられずに破滅を招き、後者は赦免へつながった。この一首は、聞き入れた者だけが助かる例である。基通は都に残り、平家は西へ去った。
いかにせん……どうしたらよいだろう。
藤の末葉……藤の末の葉。藤原氏の子孫を掛ける。
枯れゆく……衰えていく。
春の日……季節の春の日に、春日大明神を掛ける。
まかせてやみん……まかせてしまおうか。
摂政基通……藤原基通。清盛の娘婿。
国母……天皇の生母。ここでは建礼門院徳子。
玄上
鈴鹿……宮中に伝わる琵琶と和琴の名器。
知足院……北山にあった寺。
宿直……夜間の警護。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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