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別るれどあひもをしまぬももしきを
見ざらむことのなにか悲しき

歌の意味
別れていくのに、こちらと一緒に別れを惜しんでくれるわけでもないこの宮中を、これから見ることがなくなる——それがどうしてこんなにも悲しいのだろう。
鑑賞
1 弘徽殿の壁

 地の文はごく短く、亭子の帝が今は位を退こうとするころ、弘徽殿の壁に伊勢の御が歌を書きつけた、と述べる。その歌がこの歌である。帝はそれをご覧になり、歌のかたわらにご自身の歌「身一つにあらぬばかりをおしなべて行きめぐりてもなどか見ざらむ」を書きつけさせた。段はこの二首の贈答だけで成り立っている。
 亭子の帝とは宇多天皇のことで、譲位後に亭子院を御所としたことによる呼び名である。伊勢の御は伊勢守藤原継蔭の娘で、三十六歌仙の一人に数えられる。もとは帝の女御であった温子に女房として仕え、のちに帝の寵を受けた。
 譲位は寛平九年のことで、譲り先は皇子の醍醐天皇である。歌が書きつけられた弘徽殿は内裏の後宮にある殿舎で、温子の御所であった。帝が位を退けば、后妃もそれに仕える女房たちも宮中を離れることになり、伊勢の御にとっては御息所としての立場そのものが失われる。
 伊勢の御は帝に直接奏上するのではなく、殿舎の壁に書きつけるという形をとった。帝の目に触れることを見越しての振る舞いである。歌は実際に帝の目にとまり、返しの歌が書きつけられた。
 この贈答二首はいずれも後撰集に収められている。続く第二段では、譲位した帝がその翌年の秋に出家し、山々を歩く話へと移っていく。

 初句の「別るれど」は逆接で、自分が別れていくという事実をまず置く。二句三句の「あひもをしまぬももしきを」がこれを受ける。「あひ」は一緒に、共に、の意で、別れを惜しむのが自分の側だけであることを示す。「ももしき」は百敷、多くの石を敷いた御殿の意から宮中をいう語である。
 ここで恨みの相手に据えられているのは帝ではなく、宮中という建物である。物言わぬものを相手に不満を述べる形をとることで、帝への思いを直接口にすることを避けている。壁に書きつけたという振る舞いと、この言い方は同じ性格のものである。
 下の句の「見ざらむことの」は、これから見ないであろうことが、の意。「む」は推量で、まだ起きていない事態を先取りしている。結句「なにか悲しき」は疑問の形をとり、悲しむ理由を自分でも説明しないまま置く。恨みを述べ切らず、悲しみの由来も明かさない。
 男の一代記として構成される伊勢物語に対し、大和物語は実名の歌人たちの贈答を並べていく作品である。その始まりに置かれたのが、女の歌であり、しかも壁書という形をとった一首である。

亭子の帝——宇多天皇のこと。譲位後に亭子院を御所としたことによる呼び名。
おりゐる(下二段動詞)——天皇が位を退くこと。譲位。
弘徽殿(こきでん)——内裏の後宮にある殿舎の一つ。
伊勢の御(いせのご)——宇多天皇に仕えた女流歌人、伊勢のこと。
御息所(みやすんどころ)——天皇の寵を受けた女性の呼び名。
ももしき——「百敷」。多くの石を敷いた御殿の意から、宮中、皇居をいう。
あひも惜しまぬ——こちらと一緒になって別れを惜しんではくれない。
なにか(副詞)——なぜか。どうしてか。
出典
大和物語
その他の歌