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ふるさとの旅寝の夢に見えつるは
恨みやすらむまたととはねば

歌の意味
都の人が旅寝の夢に現れたのは、私を恨んでいるからだろうか。あれ以来、また訪ねてもいないので。
鑑賞
2 旅寝の夢

 帝は位を退き、その翌年の秋に御髪をおろして出家し、あちこちの山ぶみをなさった。備前の掾であった橘良利という人は、帝が内裏にいたころ殿上に仕えていたが、帝が御髪をおろされたので自らも髪をおろし、行き先も人に告げずに御供に加わって離れずに仕えた。宮中からは、このように人目を忍んで歩かれるのはよろしくないとして、少将や中将などを御供に付けよといって人を遣わしたが、帝はやはり公の供を付けずに歩かれた。あるとき和泉の国の日根という所に泊まる夜があった。帝がひどく心細げでいらしたので、控えていた人々は悲しく思った。そこへ帝から、日根ということを歌に詠め、との仰せがあり、良利が詠んだのがこの歌である。これを聞いて人々は皆泣いてしまい、続けて歌を詠む者がいなかった。この良利は寛蓮大徳と呼ばれ、後まで帝に仕えた人である。
 橘良利は備前の掾、すなわち国司の三等官を務め、宇多天皇の殿上人であった人物である。出家後は寛蓮大徳と称され、囲碁の名手として知られた。
 譲位は寛平九年、出家は昌泰二年の秋にあたる。日根は和泉国日根郡の地で、熊野や高野への道筋にあたる。
 詠出の直接の契機は、帝からの「日根といふことを詠め」という仰せである。
 詠み終えたあと、供の人々は皆泣き、以下の者は誰も歌を詠むことができなかった。段はその場の様子と、良利の後日の名で閉じられる。

 「旅寝」の中に地名の日根が詠み込まれている。これが、日根を歌に詠めという仰せに応えた部分にあたる。
 「ふるさとの旅寝の夢に見えつるは」は、都の人が旅寝の夢に現れたのは、の意である。「ふるさと」は生国ではなく、もと住んでいた土地の意で、ここでは都を指す。
 「恨みやすらむ」は、恨んでいるのだろうか、という推量。結句の「またととはねば」は、あれから再び訪ねてもいないので、の意で、恨まれる理由をここに置く。「ば」が理由を示し、下から上へ戻って全体の筋が通る組み立てになっている。
 だが聞く者には、都を離れて山を歩き続ける主従の身の上が、そこに重なって聞こえる。人々が泣いて歌を詠めなくなったという結びは、その重なりが場に伝わったことを示している。

御髪おろす——出家して剃髪すること。
山ぶみ——山を歩いて修行すること。
掾(じょう)——国司の四等官のうち三番目。介の下、目の上。
殿上(てんじょう)——清涼殿の殿上の間に昇ることを許されること。
大徳(だいとく)——徳の高い僧に対する敬称。
ふるさと——もと住んでいた土地。ここでは都。
旅寝——旅先で寝ること。
とふ(四段動詞)——訪れる。訪問する。
〜やすらむ——〜しているのだろうか。疑問を含む推量。
出典
大和物語
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