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たましひはをかしきこともなかりけり
よろづのものはからにぞありける

歌の意味
魂などというものは、面白いことも何もなかった。あらゆるものは、殻でこそあったのだ。
鑑賞
89 網代の氷魚

 修理の君と呼ばれる女のもとに、右馬頭の職にあった男が通っていたとき、そちらの方角に向かってはならない日なので行くことができません、と言ってきたので、女が「これならぬことをもおほくたがふれば恨みむかたもなきぞわびしき」と詠んだ。このようにして右馬頭が通わなくなってしまったころ、女が「いかでなほ網代の氷魚にこととはむなにによりてかわれをとはぬと」と詠めば、返歌に「網代よりほかには氷魚のよるものか知らずは宇治の人に問へかし」とあった。まだ通っていたころ、朝早くの別れぎわに女が詠んだ歌に「あけぬとて急ぎもぞする逢坂のきり立ちぬとも人に聞かすな」があり、一方、男が通い出したころに詠んだ歌に「いかにしてわれは消えなむしら露のかへりてのちのものは思はじ」があった。女の返しに「垣ほなる君が朝顔見てしかなかへりてのちはものや思ふと」とあった。女と結ばれて帰ったのちに男が「心をし君にとどめて来にしかばもの思ふことはわれにやあるらむ」と詠み、修理の君の返しに「たましひはをかしきこともなかりけりよろづのものはからにぞありける」とあった。以上が段の全体である。
 修理の君は修理にちなむ呼び名を持つ女性である。右馬頭は右馬寮の長官で、馬の管理にあたる役職である。この段は八首を収め、時間の順序どおりではなく、通わなくなったころの歌を先に置き、そのあとで、まだ通っていたころの歌へさかのぼる形で並べられている。
 場面は同じく、男が帰ったのちである。
 詠出の直接の契機は、右馬頭から届いた「心をし君にとどめて来にしかばもの思ふことはわれにやあるらむ」である。心を残してきたという理屈に応じている。
 この返歌をもって八十九段は閉じられる。八首を収めるこの段は、通いの絶えたころから始まり、通い始めのころへさかのぼって終わる構成になっている。

 「たましひはをかしきこともなかりけり」は、魂などというものは面白いことも何もなかった、の意である。「をかし」は趣がある、心が満たされる、の意で、それを打ち消している。
 相手が心を残してきたと言ったのを受けて、その心だけあっても何にもならない、と返す形になる。
 「よろづのものはからにぞありける」の「から」は、殻の意である。中身のない抜け殻を指す。心だけがあって体のない状態を、殻と呼んでいることになる。「ぞ」の係りが「ける」で結ばれる。
 相手が理屈で組み立てた歌に、同じく理屈で返しながら、心だけ残されても空しいと言い切っている。八十五段の「うつせ貝」と同じく、中身のなさを言う語で結ばれた一首である。

たましひ——魂。心。
をかし——趣がある。心が満たされる。
よろづ——あらゆること。すべて。
から——殻。抜け殻。中身のないもの。
なかりけり——〜がなかったのだなあ。気づきを表す。
ぞ〜ける——係り結び。強調を表す。
出典
大和物語
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