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かささぎのわたせる橋の霜の上を
夜半に踏み分けことさらにこそ

歌の意味
かささぎの渡す橋の霜の上を、夜半に踏み分けて、ことさらにこそ参ったのです。
鑑賞
125 かささぎの橋

 泉の大将が左大臣である藤原時平の屋敷に訪れた。よそで酒を呑んで酔っていて、夜も更けたころ、思いがけなく訪れたのだった。左大臣は驚いて、どこへ出かけたついでであろうか、と言われながら、戸を騒がしく開けると、壬生忠岑が定国の供に控えていた。階段の下に松を灯しながら、ひざまずいて「かささぎのわたせる橋の霜の上を夜半に踏み分けことさらにこそ」と挨拶をした。屋敷の主人である大臣はその様子を趣深いことだと感じて、その夜一夜、酒を共にし、管弦の遊びをし、泉の大将にも授け物をし、忠岑にも褒美を与えたのだった。その壬生忠岑には娘があって、ある男が嫁に欲しいと言うので、忠岑は大変良い話だと答えたが、その男が、あの結婚のお話はそろそろいかがでしょうか、と言ってきた返事に「わが宿のひとむらすすきうらわかみむすび時にはまだしかりけり」と詠んだ。ほんとうにまだ小さい娘に過ぎなかったのである。以上が段の全体である。
 泉の大将は藤原定国。三条の右大臣定方の兄にあたる。定方は二十九段、七十一段、九十一段に登場する。壬生忠岑は古今集の撰者の一人に名を連ねる歌人である。藤原時平は左大臣に至った人で、十四段では本院の北の方の夫として、百二十四段でもその名が見える。
 場面は藤原時平の屋敷である。夜も更けたころ、泉の大将が思いがけなく訪れたところにあたる。霜が詠まれていることから、冬のことと知れる。
 詠出の直接の契機は、どこへ出かけたついでであろうか、という左大臣の言葉である。忠岑は階段の下で松を灯しながら、ひざまずいてこの歌を挨拶として差し上げた。
 左大臣はこれを趣深いと感じ、一晩中の宴となり、泉の大将にも忠岑にも褒美が与えられた。歌一首が場を作った形になっている。

 「かささぎのわたせる橋」は、七夕にかささぎが翼を並べて天の川に渡すとされる橋である。転じて、宮中の御階を指す語としても用いられた。
 「霜の上を」は、その橋に置いた霜の上を、の意である。冬の夜更けという実際の場面と、天上の橋という故事とが重なる。
 「夜半に踏み分け」は、夜半に踏み分けて、の意である。霜を踏んで参上した姿が描かれる。
 結句の「ことさらにこそ」は言いさしで、わざわざこそ参ったのです、と述べたまま終わる。ついでに来たのだろうという主人の言葉を、正面から打ち消す形になっている。屋敷の階段を天の橋になぞらえて主人を持ち上げつつ、供の者の立場から即座に応じており、これによって一夜の宴が開かれた。

泉の大将——藤原定国のこと。
左大臣——太政官の官職。太政大臣に次ぐ。
壬生忠岑(みぶのただみね)——古今集の撰者の一人に名を連ねる歌人。
かささぎの橋——七夕にかささぎが天の川に渡すとされる橋。転じて宮中の御階。
霜(しも)——霜。
夜半(よは)——夜中。夜更け。
踏み分く(下二段動詞)——踏んで分け進む。
ことさらに(副詞)——わざわざ。特別に。
出典
大和物語
その他の歌