ゆくすゑの宿世も知らずわがむかし
契りしことはおもほゆや君
- 歌の意味
-
行く末の宿縁も知らずに、私が昔に約束したことは、今も思い出されますか、あなた。
- 鑑賞
-
124 さねかづら
本院の北の方が、まだ帥の大納言の妻であったころ、平中こと平定文が差し上げた歌に「春の野にみどりにはへるさねかづらわが君ざねと頼むいかにぞ」とあった。そのように歌を交わして、ひと夜を共にすることがあった。その後、彼女が藤原時平の妻となって世間でもてはやされていたころ、また平定文から「ゆくすゑの宿世も知らずわがむかし契りしことはおもほゆや君」とあった。それに対する返歌も、前後の贈答歌も多くあったが、それは今は知れない。以上が段の全体である。
本院の北の方は藤原時平の妻で、十四段にも本院の北の方として登場し、その妹おほつふねのことが語られている。帥の大納言は大宰帥を兼ねた大納言である。平中は平定文のこと。色好みで知られた人物で、四十六段、六十四段、百三段にも登場する。
場面は、彼女が藤原時平の妻となって世間でもてはやされていたころである。前の歌からは相当の時が経っている。
詠出の直接の契機は地の文に記されない。示されているのは、また平定文から贈られた歌である、ということだけである。
段はこの一首で閉じられる。返歌も、前後の贈答歌も多くあったが、それは今は知れないと地の文は記す。歌が伝わり残るかどうかで出来を測る書き方である。
「ゆくすゑの宿世も知らず」は、行く末の宿縁も知らずに、の意である。「宿世」は前世からの因縁をいう仏教の語で、六十二段の浄蔵の歌にも用いられている。
その後どうなるかを知らないまま、という前置きが、次の「わがむかし契りしこと」につながる。相手がこれほどの立場になるとは知らなかったころ、という含みになる。
「契りしこと」は、約束したこと、の意である。かつての一夜と、そこで交わした言葉を指す。
結句の「おもほゆや君」は、思い出されますか、と相手に問う形である。「君」と呼びかけて終える。身分の隔たった今、かつての約束を覚えているかと尋ねる形で、恨みも要求も述べていない。この歌に対する返しは伝わっていない。
ゆくすゑ——行く末。将来。
宿世(すくせ)——前世からの因縁。定め。
知らず——知らないで。
むかし——以前。かつて。
契る(四段動詞)——約束する。
おもほゆ(下二段動詞)——自然と思われる。思い出される。
や——〜か。疑問を表す。
- 出典
-
大和物語
- その他の歌
-