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思ひだにかからぬ山のさせも草
誰かいぶきの里はつげしぞ

歌の意味
思いもかけない山のさしも草のことを、いったい誰が伊吹の里のことだと言い告げたのか。
鑑賞
318 まことにや、やがては下る

 本当ですか、まもなく地方へ下向するというのは、と言ってきた人に対して詠まれたのがこの歌である。
 言ってきた人については、本文に名も身分も記されていない。
 時と場所は、本文に明示されていない。
 下向の噂を確かめようとして問いかけてきたことが、この歌が詠まれた直接の契機である。
 本文はこの歌を掲げるのみで、相手の返しは記されていない。三巻本ではこの段の次に、書き終えた草子について述べる末尾の段が置かれる。

 初句「思ひだに」の「だに」は、…さえもの意の副助詞で、思いさえもかけていないという最小限の否定を作る。同時に「思ひ」の「ひ」は火に通じ、次のさしも草が燃やすもぐさであることから、この語群全体を燃焼の縁で結んでいる。
 第二句「かからぬ山の」の「かかる」は、思いがかかるという言い方と、山に霞や雲がかかるという言い方とを重ねる。第三句「させも草」はよもぎの古名で、伊吹山の名物として知られ、灸に用いるもぐさの原料である。ここまでで、思いもかけない山のよもぎ、という否定の像が組み立てられる。
 第四句「誰かいぶきの」が眼目で、伊吹山の「いぶき」に、言うの意の語が響き、誰が言ったのかという問いを地名の中に埋めこんでいる。「誰か」は疑問の代名詞に係助詞が付いた形で、結びの「し」を連体形に導く。結句「里はつげしぞ」は、里のことを告げたのか、と問い、「ぞ」が詠嘆と強意を添えて言い収める。
 この歌は、藤原実方の「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを」を本歌としている。もとの歌が、言うに言えない燃える思いを、伊吹のさしも草に託して訴えたものであるのに対し、こちらはその語のつながりをそっくり借りたうえで、燃える思いなど初めから無いと言い、噂の出どころを問い返す形に転じている。
 下向の予定を問われて、否定とも肯定ともつかぬまま、誰がそんなことを言ったのかとだけ返す。本歌が持っていた恋の熱を抜き取り、同じ語で噂への当惑を言いあらわしたところに、この一首の工夫がある。

だに:…さえも
かかる:思いがかかる意と、雲や霞が山にかかる意とを重ねる
させも草:よもぎの古名。灸に用いるもぐさの原料。伊吹山の名物として知られる
いぶき:伊吹山の名に、言う意の語を響かせる
誰か…し:疑問の代名詞に係助詞が付き、結びを連体形に導く
つぐ:告げる。知らせる
ぞ:強意と詠嘆をあらわす係助詞
下る:都から地方へ下向する
やがて:そのまま。まもなく
作者
清少納言
出典
枕草子
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