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思ひ出でて人こそとはね山里の
まがきの荻に秋風はふく

歌の意味
思い出して訪ねて来てくれる人はいないけれど、この山里の垣根の荻には、秋風が吹いている。
鑑賞
第二十二段 父の帰京

 東国へ下った父が、ようやく任期を終えて上京し、西山にある所に落ち着いたので、一家そろってそこへ移って対面した。たいそううれしく、月の明るい夜、一晩じゅう語り明かして、作者が一首を詠むと、父はひどく泣いて返した。
 これが今生の別れになるかもしれないと言い聞かせられたときの悲しさに比べれば、無事に迎えられたうれしさはこの上ない。しかし父は、他人の身の上を見ても、老い衰えてから世に出て人と交わるのは見苦しく思われたので、自分はこのまま閉じこもってしまおう、とばかり言って、この世に望みも残っていない様子であり、作者の心細さは絶えることがない。
 西山の家は、東は野がはるばると広がり、東の山際は比叡の山から稲荷などという山まで残らず見渡され、南は双の岡の松風がすぐ耳もとに心細く聞こえ、家の中には、頭のあたりまで田の鳴子を引き鳴らす音が響いて、田舎めいた心地がして趣がある。月の明るい夜などはたいそうおもしろく、眺め明かしては暮らすうちに、知っていた人も里が遠くなって便りもない。ある折に、何かありましたかと伝えてくる人があったのに驚いて、作者はもう一首を言い送った。

 作者は菅原孝標女。父の菅原孝標は常陸介の任を終えて上京し、西山の家に隠棲した。母は藤原倫寧の娘で、『蜻蛉日記』の作者藤原道綱母の異母妹にあたる。西山は京の西方の山地、双の岡はその近くの丘で、比叡の山と稲荷の山は京の東に望まれる山である。

 父の帰京ののち、西山の家に住んでいた秋である。

 知り合いも里が遠くなって便りが絶えていたところ、あるついでに、何かありましたか、と伝えてくる人があった。それに驚いて言い送ったのがこの歌である。

 この歌をもって段は閉じられ、次の段からは作者の宮仕えが語られはじめる。

 初句「思ひ出でて」は字余りで、思い出して、の意。第二句「人こそとはね」は強意の係助詞「こそ」と、打消の助動詞「ず」の已然形「ね」による係り結びで、人は訪ねて来ないけれども、と逆接の余情を残して下へ続く。第三句「山里の」で場所を据え、第四句「まがきの荻に」は、垣根に生えている荻に、の意。結句「秋風はふく」で、人は来なくても風だけは訪れる、という対比が完成する。「訪ふ」と「吹く」とを、どちらも訪れるものとして並べたところにこの一首の骨組みがあり、荻に吹く秋風は、和歌では人の訪れを知らせる音として詠み慣らされてきた。第十九段の「秋をいかに思ひいづらむ冬深み嵐にまどふ荻の枯葉は」も荻を詠んでいるが、そちらが遠い父を思いやったのに対し、こちらは訪ねて来ない人を恨む形になっている。父が世を捨てて閉じこもり、住まいも里から遠くなって人の訪れが絶えた西山での日々が、この一首に集められている。

とふ:訪ねて来る
まがき:竹や柴を粗く編んで作った垣根
荻:水辺や野に生える、すすきに似た草
たより:ついで。機会
山ぎは:山の稜線と空とが接するあたり
作者
菅原孝標女
出典
更級日記
その他の歌