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桜花かもの川風うらむなよ
散るをばえこそとどめざりけれ

歌の意味
桜の花よ、賀茂の川風を恨むな。散ってゆくのを引きとめることは、その風にもできなかったのだ。
鑑賞
巻第一 鹿ヶ谷

 平家の専横が進むなか、大納言藤原成親は左大将の地位を強く望んでいた。しかし現実には、その席は平家に押さえられる公算が高い。人事の望みを神仏に託そうとした成親は、男山の石清水八幡宮に百人の僧を頼み、七日のあいだ大般若経を読ませた。
 その最中、八幡宮の一隅にある甲良大明神の前の橘の木に山鳩が三羽飛んできて、互いに食い殺し合って死ぬという出来事が起きる。鳩は八幡大菩薩の第一の使者とされていたから、人々は薄気味悪がって占いを立てた。出た答えは、天下騒乱の気配が濃く、臣下は謹慎すべし、というものだった。
 それでも成親は諦めない。今度は夜になると賀茂の上社へ七日続けて参詣する。七日目の晩、家で寝ていると夢を見た。上社の御宝殿の戸が開いて、さわやかな声でこの歌が聞こえてきたのである。
 これだけ制止されてもなお、成親の野望は激しくなるばかりだった。御宝殿の後ろの大杉の洞穴に祈祷師を一人閉じこめ、百日の大願成就を祈らせる。すると雷が大杉に落ちて社殿に燃え移りかけ、駆けつけた神官たちが祈祷師を洞穴から引きずり出して追い払った。結局、左大将には重盛が、右大将には宗盛が任じられる。成親の不満は平家への憎悪へと固まってゆき、やがて鹿ヶ谷の謀議へとつながっていく。

 表向きは、散る桜に向かって「川風を恨むな」と語りかける歌である。だが夢の告げとして成親が聞いた以上、桜は成親自身であり、川風は平家にあたる。
 言っているのは、散るのは定めであって、風のせいではない、ということだ。官位が得られないのは平家に妨げられたからではなく、そういう巡り合わせなのだから恨むな——神はそう諭している。中心にあるのは「うらむなよ」の一語である。
 しかし成親はこの言葉をまったく聞かなかった。神の忠告を受け取り損ねた者が破滅へ向かうという構図は、平家物語がくり返し用いるものであり、この一首はその最初の例として置かれている。

桜花……桜の花。ここでは成親自身の比喩として働く。
かも……賀茂。賀茂川と賀茂神社の両方を指す。
うらむなよ……恨むな。
えこそ……「え……ず」の形で不可能を表す。……できない。
とどめざりけれ……とどめることができなかった。
大般若経……六百巻から成る大部の経典。
上社……賀茂別雷神社。現在の上賀茂神社。
御宝殿……神体を安置する社殿。
八幡大菩薩……石清水八幡宮の祭神。武家の守護神とされた。
祈祷師……加持祈祷を行う修験者。
出典
平家物語
その他の歌