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深山木のそのこずえともみえざりし
桜は花にあらわれにけり

歌の意味
深い山の木々のなかでは、どの梢とも見分けがつかなかった桜が、花が咲いたことで、それとはっきり現れた。
鑑賞
巻第一 御輿振

 加賀守師高と目代師経の処罰を求める延暦寺の訴えが、いつまでも取り上げられない。業を煮やした山門の大衆は、日吉の神輿をかつぎ出して都へなだれこんだ。朝廷は源平両家に内裏の門の守護を命じ、平重盛は三千余騎で陽明
待賢
郁芳の三門を固める。これに対して源三位頼政に与えられたのは、わずか三百騎で北の門を守れという任であった。
 多勢に無勢と見た頼政は、使者を送って率直に胸の内を述べさせた。山門の訴えはもっともであり、神輿を通したいのは山々だが、自分の兵は少なく、易々と門を開けたとあっては後々どう言われるかわからない。かといって門を開けば勅命に背き、年来信仰してきた山王に弓を引くことにもなる。東の陣は重盛が大軍で固めているので、そちらから入られてはどうか——という申し入れである。
 僧兵のなかには構わず押し入ろうという若い者も多かったが、雄弁で知られた老僧
豪運が皆を制した。頼政は清和源氏の嫡流で、武芸はもとより文武両道に優れた得難い人物である。その証として豪運が引いたのが、近衛院の御時の歌会で「深山の花」という即題が出され、人々が詠みあぐねているなかを頼政が即座に詠み上げ、御感にあずかったというこの一首だった。これほどの風流を解する人物に恥をかかせられようか、と豪運が説くと、数千人の大衆は先陣から後陣まで一人の異議もなく、神輿をかつぎ直した。
 しかし移った先の待賢門では重盛の軍と激突する。神輿には数多くの矢が射立てられ、多くの衆徒が射殺された。衆徒はついに神輿を打ち捨てて、比叡山へ逃げ帰ることになる。

 題は「深山の花」。奥山では桜も他の木々に紛れて見分けがつかないが、ひとたび花が咲けば一目でそれと知れる。埋もれていたものも、時が来れば自ずから現れる、という含みがある。
 頼政は長く昇進に恵まれず、後年ようやく従三位に上った人物である。それを思えば、これは自負の歌として読むこともできる。
 物語のなかでのこの一首の働きは大きい。数千の僧兵の刃を、和歌一首が止めるのである。武力ではなく歌が事を収める場面として、平家物語のなかでも印象深い。
 なお頼政は巻第四で以仁王とともに挙兵し、宇治平等院で「埋木の花咲くこともなかりしに身のなる果てぞ悲しかりける」という一首を残して自害する。「花」を詠んだ二首が、その生涯の始めと終わりに置かれていることになる。

深山木……深い山に生えている木。
こずえ……梢。木の先端の枝。
みえざりし……見分けがつかなかった。
あらわれにけり……はっきりと姿を現した。
即題……その場で題を出されて即座に詠むこと。
御感……天皇が感心すること。またその賞賛。
山門……比叡山延暦寺。
大衆……寺に属する僧の集団。ここでは僧兵を指す。
神輿振……神輿をかつぎ出して朝廷に強訴すること。
山王……日吉大社の神。延暦寺の鎮守とされた。
目代……国司の代官。
源三位……源頼政。従三位に叙されたことによる呼び名。
出典
平家物語
その他の歌