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陸奥の阿古屋の松に木がくれて
いずべき月の出でもやらぬか

歌の意味
陸奥の阿古屋の松に隠れて、出るはずの月が、いっこうに出ようとしないことだ。
鑑賞
巻第二 阿古屋の松

 平家物語の巻第二は、鹿ヶ谷の謀議が多田行綱の密告によって露見したところから動き出す。西光は捕らえられて斬られ、首謀者とされた新大納言成親は備前の児島へ流された。その子の丹波少将成経も、舅の宰相教盛のもとから呼び出されて備中の瀬尾へ流される。父子は目と鼻の先に置かれながら、互いの所在を知らされないままだった。
 成経は、あるとき預かりの武士である瀬尾兼康を呼んで、「ここから父上のおられる有木の別所とやらへは、どれほどの道か」と尋ねた。兼康は、本当のことを言えばかえって辛かろうと思ったのか、「片道十二、三日はかかりましょう」ととぼけて答える。
 少将は涙をはらはらと流しながら、昔の話を持ち出した。実方中将が奥州へ下ったとき、当国の名所である阿古屋の松を見ようと国じゅうを尋ね歩いたが見つからず、むなしく帰る道で一人の老翁に出会った。松の所在を問うと、この国にはございません、出羽国でしょうと言う。中将が、国の名所さえ呼び失われるとは末の世だと嘆いて立ち去ろうとすると、老翁が袖をひかえて、あなたはこの歌の心で尋ねておられるのでしょうと言って引いたのが、この一首である。老翁は続けて、これは両国が一国であったころに詠まれた歌で、十二郡を割いて分けた後は出羽国にあるはずだと説いた。実方はそのとおり出羽へ越えて、阿古屋の松を見たという。
 少将はこの話を引いたうえで、大宰府から都まで十五日で来るというのに、備前備中のあいだが十二、三日かかるはずがない、せいぜい三日だろう、そう偽るのは父の在所を私に知らせたくないからだと言い当てた。以後、少将は二度とこのことを口にしなかった。

 歌そのものは、陸奥の名所である阿古屋の松を詠んだ叙景の歌である。松の茂みに隠れて、出るはずの月がいつまでも出てこない、という景を詠む。「木がくれて」と「出でもやらぬ」の二語で、遮られて現れないという一点に絞り込んでいる。
 注意したいのは、この歌が物語のなかで置かれている位置である。少将は父の居場所を隠されている。出るはずのものが松に遮られて出てこないという景は、そのまま少将自身の境遇に重なる。しかも少将はこの歌を引いた直後に兼康の嘘を見破っており、歌が推理の呼び水として働く形になっている。
 なお本文は、これは両国が一国であったころに詠まれた歌だと明示している。平家物語の登場人物が詠んだ歌ではなく、作中人物が引く古歌である。

阿古屋の松……陸奥、のちに出羽の歌枕。所在地には古来異説がある。
木がくれて……木の茂みに隠れて。
いづべき……出るはずの。
出でもやらぬか……いっこうに出ようとしないことよ。
実方中将……藤原実方。歌人。陸奥守として下向し、その地で没した。
名所……歌に詠まれてきた由緒ある土地。歌枕。
有木の別所……備前備中の境にあった山寺。成親の配所。
瀬尾兼康……成経を預かった平家方の武士。
出典
平家物語
その他の歌