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祈りこし我が立つ杣の引かえて
人なき峰となりや果てなん

歌の意味
祈り続けてきた我が立つ杣の山が、うって変わって、人のいない峰となり果ててしまうのだろうか。
鑑賞
巻第二 山門滅亡

 比叡山では、学侶と堂衆の対立がついに合戦にまで発展した。朝廷は官軍を差し向けて学侶方を助けたが、早井坂の戦いでは大衆三千人と官軍二千余騎の合わせて五千人が押し寄せながら、大衆は官軍に先陣を譲れと言い、官軍は大衆を先に立てようとして、思うように戦えない。そのうち城内から石垣を崩して石を転がされ、双方に数知れぬ死者が出て、また堂衆の勝ちに終わった。堂衆の側には諸国の窃盗、強盗、山賊、海賊といった命知らずが多く、一人ひとりが思い切って戦うので強かったのである。
 その後の山門の荒廃はひどかった。住む人はきわめて稀になり、真理の都と呼ばれて上下の尊敬を集めた面影はどこにも残っていない。三百年の歴史を誇った天台の法灯を掲げようとする者もなく、昼夜絶えなかった香の煙も絶えようとしている。青空にそびえていた堂舎は荒れはて、金の仏像が雨に濡れるありさまだった。
 物語はここで視野を広げ、天竺の竹林精舎や給孤独園が狼や狐のすみかとなり、震旦の天台山、五台山、白馬寺、玉泉寺も住み手のないまま捨て置かれ、日本でも南都七大寺は荒れ、愛宕や高雄は天狗のすみかとなったと並べたてる。霊地の荒廃は世界のならいだというわけだが、それにしても惜しいと嘆じたところで、人のいなくなった僧坊の柱に書きつけられていた一首として、この歌が置かれる。

 「我が立つ杣」は、伝教大師最澄が比叡山を開いたときの願文の言葉、「阿耨多羅三藐三菩提の仏たち、わが立つ杣に冥加あらせたまへ」を踏まえている。山の開創にあたって唱えられた祈りの言葉を、そのまま歌の中心に据えたのである。
 その上で効いてくるのが「引きかへて」の一語である。うって変わって、という意味で、開創の祈りを反転させる働きをする。祈り続けてきた山が、その祈りの言葉ごと裏返って、人のいない峰になろうとしている。三百年を一首でひっくり返す構成になっている。
 柱への書きつけという形式のため詠み手は知られないが、最澄の願文をこう使える者であるから、山をよく知る僧の手であることは間違いない。名を残さずに山の終わりだけを書き置いたところに、この歌の重さがある。

我が立つ杣……自分が入って修行する山。最澄の願文の語で、比叡山を指す。
杣……木を切り出す山。
引きかへて……うって変わって。
なりや果てなん……なり果ててしまうのだろうか。
学侶……経典を学ぶ正規の僧。
堂衆……堂の雑務にあたった下級の僧。のち武装した。
伝教大師……最澄。比叡山延暦寺の開祖。
冥加……神仏の目に見えない加護。
阿耨多羅三藐三菩提……この上ない完全な悟り。
出典
平家物語
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