ついにかくそむきはてける世の中を
とく捨てざりしことぞくやしき
- 歌の意味
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とうとうこのように世を背き果ててしまった。この世を、もっと早く捨てなかったことが悔やまれる。
- 鑑賞
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巻第二 康頼祝詞
鬼界ヶ島に流された法勝寺執行俊寛、平判官康頼、丹波少将成経の三人は、成経の舅である宰相教盛の領地、肥前の鹿瀬庄から衣類や食物を送ってもらえたおかげで、どうにか命をつないでいた。露のようにはかない命ではあったが、惜しむというよりは、ただ生き延びていたというに近い。
康頼はかねてから出家の志を持っていた。流罪の道中、周防の室積で髪を下ろし、性照と名乗る。もともとの望みがかなった形であり、そのときに詠んだのがこの一首である。
このあと康頼と成経は、島の中に熊野三所権現を勧請しようと相談する。俊寛は生まれつき不信心な人で、これに加わらなかった。二人は島じゅうを歩き回って熊野に似た地形を探し、滝の音のすさまじい場所を那智の御山と名づけ、この峰は本宮、あれは新宮と決めて、毎日熊野詣のまねをして帰洛を祈った。着替えの浄衣もないので麻の衣をまとい、沢の水を浴びては岩田河の清い流れと思いなし、高みに登っては発心門と観じた。幣紙もないので花を手折って捧げ、康頼が祝詞を上げた。
「そむきはてける」は、出家して世を捨てきったことをいう。「はて」に完了の意が強く働き、もう戻れないところまで来たという感じが出る。
眼目は下の句である。悔やんでいるのは出家したことではなく、それが遅すぎたということだ。もっと早く世を捨てていれば、こうして流人として島にいることもなかった——そう読めば、島の風景のなかでこの一首は重く響く。出家という行為が、信仰の成就であると同時に、遅れて来た後悔でもあるという二重性を持っている。
平家物語には出家の場面がいくつも置かれるが、和歌を伴う例としてはこれが最も早い。以後、巻第十の維盛の出家や灌頂巻の建礼門院へと、同じ主題が形を変えて繰り返されてゆく。
そむきはつ……出家して世を捨てきる。
とく……早く。
捨てざりし……捨てなかった。
くやしき……悔やまれる。
性照……康頼の法名。
鬼界ヶ島……薩摩の沖にあったとされる流刑の島。
室積……周防国の港。現在の山口県光市。
勧請……神仏の分霊を迎えて祭ること。
浄衣……参詣のときに着る白い衣。
発心門……熊野本宮の総門。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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