千早ぶる神に祈りのしげければ
などか都へ帰らざるべき
- 歌の意味
-
神に祈る心がこれほど深く重なっているのだから、どうして都へ帰れないことがあろうか。
- 鑑賞
-
巻第二 卒都婆流し
少将成経と康頼の熊野詣のまねは、異常なほどの熱心さで続けられた。ときには徹夜で祈願することもある。ある夜も二人は一晩じゅう今様などを歌い続け、明け方にはさすがに疲れ果てて眠ってしまった。
そのまどろみのなかで、康頼は夢を見る。沖の方から白帆をかけた小舟がやってきて、紅の袴をつけた女たちが三十人ばかり岸に上がってくると、鼓を打ち、声を合わせて今様を歌い出した。「よろづの仏の願よりも千手の誓ぞ頼もしき、枯れたる草木もたちまちに花咲き実なるとこそきけ」。三度ほど繰り返すと、その姿はかき消すように見えなくなった。自分の声で目を覚ました康頼は、夢であったと気づいて不思議に思う。あれは竜神の化身であろう、三所権現のうち西の御前は千手観音がご本体で、竜神はその守護神である、これは熊野権現が我らの願いをお聞き入れになったしるしかもしれぬ——そう語り合い、いっそう精進を重ねることにした。
しばらくして、また夢を見る。沖から吹いてきた風に木の葉が二枚舞い下りて、二人の袂に吹きかかった。手に取ってみると熊野の梛の葉である。虫に食われて所々に穴が開いているのを、よく見ると文字になっていた。それがこの一首である。夢からさめた後も二人はいつまでもこのことを話し合い、大いに勇気づけられた。
神託の歌である。「千早ぶる」は神にかかる枕詞で、一首の性格を最初の五文字で示している。「しげければ」は祈りが繁く重なっていること。下の句は反語で、帰れないはずがない、と言い切っている。
この歌で注目されるのは伝達の方法である。虫の食った葉の穴が、たまたま文字の形になっていた。人の手を経ない、自然そのものが書いた歌という形をとっているのである。前の夢の今様が耳で聞くものであったのに対し、こちらは目で読むものになっており、二つの夢が聴覚と視覚で対をなす配置になっている。
そしてこの神託を得たことで、康頼は千本の卒都婆を作るという行動に移る。歌が人を動かす場面として置かれており、直後の二首へとつながってゆく。
千早ぶる……神にかかる枕詞。
しげければ……繁く重なっているので。
などか……べき……どうして……であろうか、いや……のはずがない。
梛の葉……熊野の神木。その葉は神符として持たれた。
今様……平安中期以降に流行した七五調の歌謡。
竜神……水をつかさどる神。千手観音の眷属とされた。
西の御前……熊野三所権現のうちの一座。本地は千手観音。
- 出典
-
平家物語
- その他の歌
-