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ふる里の軒の板間に苔むして
思いしほどはもらぬ月かな

歌の意味
故郷の家の軒の板間には苔が生えていて、思っていたほどには月の光が漏れてこないことだ。
鑑賞
巻第三 少将都帰り

 洲浜殿を出た少将と康頼は、都が近づくにつれて喜びを隠せなくなる一方で、二人の別れも近づいていた。康頼にも迎えの乗物が来ていたが、今さら名残が惜しいと言って乗らず、少将の車の後ろに乗って七条河原まで行き、それでもなお別れがたく、なかなか行こうとしなかった。花の下で過ごした半日の客、月の前で語り明かした一夜の友、雨宿りに立ち寄った一樹の下の相客でさえ、別れるときは名残が惜しい。まして二人は、憂き島の住まい、船の中、波の上を、同じ罪業を背負って二年をともにした仲である。
 少将は舅の宰相邸に入った。母は昨日から待っており、命があったればこそ、と言いもあえず泣き伏す。北の方も乳母の六条も喜んだが、六条の黒髪は積もる憂いにすっかり白くなり、かつてあでやかだった北の方は、同じ人とも思えないほどやつれ果てていた。都を去るとき三歳だった息子は髪を結うほどに育ち、その傍らに三歳ばかりの童がいる。あれはと問うと、六条は「あの方こそ、御下向の時」と言ったきり袖に顔を押しあてて続かない。少将もようやく思い当たり、あのとき妻が苦しげで気がかりだったと思い出して、よくぞ丈夫に育ったものだと感慨にふけった。
 少将は再び院に仕えて宰相中将に上る。康頼は東山双林寺の山荘に落ち着き、世を捨てた暮らしを送りながら、そこで『宝物集』を書いた。この一首は、都に帰ってからの康頼の所感である。

 鬼界ヶ島の粗末な庵では、雨も月も遮るものなく降りかかってきた。都へ帰ればまともな屋根の下だろうと思っていたのに、帰り着いてみると、我が家の軒の板間は苔むしている。留守にした年月が、そのまま苔の厚みになっているわけである。
 眼目は「思ひしほどは漏らぬ」にある。島にいたころ思い描いていた我が家の荒れ方と、実際の荒れ方との差を言っているのだが、漏れてこないと言われているのは月の光である。島で見上げていた月は、遮るもののない月だった。帰り着いた安堵と、あの月をもう見ることはないという感覚とが、この一語に畳み込まれている。
 直前の物語では、少将の帰宅が家族との再会として描かれ、涙とともに賑やかである。それに続けて置かれた康頼のこの一首は、静かで、人が一人も出てこない。同じ島から帰った二人の、帰還の質の違いが、歌の中身によって示されている。康頼はこの後、双林寺にこもって『宝物集』を書くことになる。

ふる里……生まれ育った土地。ここでは都の我が家。
軒の板間……軒を葺いた板と板のすきま。
苔むして……苔が生えて。
思ひしほどは……思っていたほどには。
漏らぬ……漏れてこない。
双林寺……東山にあった寺。康頼の山荘があった。
宝物集……康頼の編んだ仏教説話集。
宰相中将……参議で近衛中将を兼ねる者の称。
一樹の陰……同じ木の下で雨宿りする程度の縁。前世の因縁を言う仏教語。
出典
平家物語
その他の歌