古典和歌stream

雲井よりおちくる滝の白糸に
ちぎりをむすぶことぞうれしき

歌の意味
雲居から落ちてくる滝の白糸に、こうして契りを結ぶことができるのは、うれしいことだ。
鑑賞
巻第四 還御

 巻第四は、高倉天皇が病気でもないのに退位させられ、幼い安徳天皇が即位するところから始まる。上皇となった高倉院は、三月上旬、安芸の厳島へ御幸された。帝位を退いて最初の御幸は八幡、賀茂、春日などへ向かうのが例であるのに、はるばる安芸国までとは何事かと人々は不審がった。ある人が言うには、厳島は平家が並々でなく崇め敬う社であるから、表向きは平家に同心し、内心では鳥羽殿に押し込められたままの法皇のために、入道相国の心も和らぐようにとの祈念である、とのことだった。山門の大衆は憤って神輿を振り下ろすと言い立てたためしばらく延引されたが、清盛がなだめて収まった。御幸のはじめには鳥羽殿に立ち寄り、幽閉中の父法皇と対面している。
 三月二十六日、厳島に到着。入道相国が最愛の内侍の宿所が御所となった。二日逗留して経会と舞楽が行われる。導師をつとめた三井寺の公顕僧正は高座にのぼって鐘を打ち鳴らし、「九重の都を出でて、八重の潮路を分けて参られた御こころざしのかたじけなさ」と高らかに表白を述べたので、君も臣も感涙にむせんだ。
 本社から客人の宮、そこかしこの社へ御幸があり、大宮から五町ほど山をまわって滝の宮へ参られたとき、公顕僧正が一首詠んで拝殿の柱に書きつけた。それがこの歌である。
 このあと神主佐伯景弘は従五位上、国司藤原有綱は従四位下に上げられて院の殿上を許され、別当尊永は法印になされた。神慮も動き、入道相国の心も動くであろうと見えた、と物語は結んでいる。

 滝の宮の社の背後には白糸の滝がある。目の前の滝を「白糸」と見立てたことで、糸の縁語である「結ぶ」が導かれ、糸を結ぶという手の動きと、神と契りを結ぶという意味とが一つに重なった。
 「雲井」は空であると同時に宮中を指す。都から遠く下ってきた一行の道行きが、雲のあたりから落ちてくる水の動きにそのまま重ねられている。上から下へ落ちてきたものが、この地で結ばれる。表白で述べた「九重の都を出でて」という言葉が、そのまま歌の形をとったとも読める。
 拝殿の柱に書きつけるという形式は、巻第一で妓王が障子に書きつけた歌、巻第二で人のいなくなった僧坊の柱にあった歌と同じである。平家物語は建物に残された歌をくり返し描くが、そのなかでこの一首だけが、嘆きではなく喜びを書き残している。

雲井……空。また宮中。
白糸……滝の水を糸に見立てた語。滝の宮の背後に白糸の滝がある。
ちぎりをむすぶ……縁を結ぶ。「糸」の縁語である「結ぶ」を用いる。
滝の宮……厳島神社の摂社、滝宮神社。
大宮……厳島神社の本社。
表白……法会のはじめに、その趣旨を神仏に申し上げること。
経会……写経を神前に供える法会。
公顕僧正……三井寺の僧。のち園城寺長吏、天台座主。
九重……宮中。また都。
出典
平家物語
その他の歌