思ひやれ君がおもかげたつなみの
よせくるたびにぬるるたもとを
- 歌の意味
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思いやってくれ。立つ波が寄せてくるたびに、あなたの面影が浮かんで、涙に濡れる私の袂を。
- 鑑賞
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巻第四 還御
内侍の文を見た上皇は、「優雅に思う。この返事はしなくてはならぬぞ」と仰せになり、すぐに御硯をお下しになった。それを受けて邦綱大納言が書いた返しが、この一首である。
この後、一行は備前の児島の泊に着き、四月五日は空が晴れ風も静かで海もおだやかであったので、御所の御舟をはじめ人々の舟をみな出して進み、その日の酉の刻に播磨国山田の浦に着いた。そこから御輿に乗って福原へ入られる。六日は供の人々が一日も早く都へと急いだが、上皇は逗留して福原のあちこちを見てまわられた。七日に福原を発ち、八日に都へお入りになる。迎えの公卿殿上人が鳥羽の草津まで参ったが、還御にあたって鳥羽殿へは御幸なさらず、そのまま入道相国の西八条の邸へお入りになった。幽閉されている父法皇のもとへは、ついに立ち寄らなかったのである。
「たつなみ」の「たつ」が、相手の歌の「たち」を受けている。贈答歌の基本である言葉の受け渡しが、きちんと行われている。
相手は「立って舞えない」と言い、こちらは「波が立つたびに」と返した。同じ音を、動けない自分と、動き続ける波とに振り分けたわけで、返歌としての機知はここにある。
「思ひやれ」で始まる歌は、巻第二で康頼が卒都婆に書きつけた一首と同じ言い出しである。あちらは誰が拾うともわからぬ相手への呼びかけであり、こちらは目の前に相手の顔が浮かんでいる。同じ命令形が、置かれる場所によってまったく違う響きを持つ。
なお座の戯れから始まったこの贈答のすぐ後に、父法皇のもとに立ち寄らずに西八条へ入るという記述が置かれる。平和でのどかな道中記の末尾に、次の巻からの動乱の伏線が静かに差し込まれている。
思ひやれ……察してくれ。想像してみてくれ。
おもかげ……面影。
たつなみ……立つ波。相手の歌の「たち」を受ける。
よせくる……寄せてくる。
たもと……袖。
御硯……返歌を促すために下賜される硯。
酉の刻……午後六時ごろ。
西八条……清盛の京の邸宅。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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