こいしくば来ても見よかし身に添うる
かげをばいかが放ちやるべき
- 歌の意味
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恋しいなら来て見るがよい。我が身に添っている影を、どうして手放してやることができようか。
- 鑑賞
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巻第四 競
源三位入道頼政の嫡子、伊豆守仲綱のもとに、都に聞こえた名馬があった。鹿毛の馬で、乗り、走り、気性、どれをとっても並ぶものがない逸物で、名を木の下といった。
前右大将宗盛が使者を立てて、「評判の名馬を賜って見たい」と言ってきた。仲綱は「そういう馬は持っておりましたが、このごろあまり乗り疲れさせましたので、しばらく休ませるために田舎へ遣わしております」と返事をする。「それでは仕方がない」といったんは沙汰も止んだが、居並んでいた平家の侍たちが、「その馬は一昨日までおりました」「昨日もおりました」「今朝も庭乗りしておりました」と言い立てた。「では惜しんでいるのだな。憎い。乞え」と宗盛は言い、侍を遣わし手紙も出して、一日のうちに五度六度七度八度と催促した。
これを聞いた頼政は仲綱に向かって、「たとえ金を丸めた馬であっても、それほど人が乞うほどのものを惜しむということがあるか。すみやかにその馬を六波羅へ遣わせ」と言った。仲綱は力及ばず、一首の歌を書き添えて六波羅へ遣わしたのである。
ところが宗盛は、馬を手に入れると「木の下」という名を「仲綱」と改め、焼印まで押した。客が来るたびに「仲綱めに鞍置いて引き出せ」「仲綱めを打て、走らせよ」と言って辱める。これを伝え聞いた仲綱は、身に代えて思う馬を権威に任せて取られたうえに、天下の笑い者にされることこそ安からぬと憤った。物語はこの一件を、頼政父子が謀反を起こす直接の引き金として描き、「人の世にあればとて、言ふまじき事を言ひ、すまじき事をするは、よくよく思慮あるべき事なり」と評している。
「かげ」は馬の姿であると同時に、影法師のように身に添って離れないものの意でもある。恋しいなら見に来ればよい、という言い方は、譲れないという返答を、そのまま恋の言葉づかいに包んだものである。
表向きは風流な断りの歌だが、実際にはこの歌を書き添えて馬は差し出されている。抵抗として残ったのは歌だけだった。そしてその歌が届いた先で、名馬は「仲綱」と名づけられ、焼印を押される。歌で応じた者に対して、名前を奪うという形で返答があったことになる。
平家物語において和歌は、しばしば事態を動かす。巻第二の康頼の卒都婆はそのよい例である。しかしこの一首は、事態を動かすどころか悪化させた例として置かれている。歌の通じない相手に歌を送ったことが、そのまま一門の滅びの発端になった。
こひしくば……恋しいならば。
来ても見よかし……来て見るがよい。
身に添ふる……身に付き添っている。
かげ……姿。影法師。
放ちやる……手放して行かせる。
木の下……馬の名。木陰の意。
鹿毛……赤みを帯びた茶褐色の馬の毛色。
逸物……とりわけすぐれたもの。
六波羅……平家の邸宅が集まっていた地。
焼印……所有者を示すために家畜に押す印。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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