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山法師おりのべ衣うすくして
恥をばえこそかくさざりけれ

歌の意味
山法師の織延の衣は薄くて、その恥を隠すこともできなかったことだ。
鑑賞
巻第四 南都牒状

 高倉宮以仁王が三井寺に入られ、三井寺は山門と南都へ牒状を送って協力を求めた。ところが山門の大衆はこの牒状を披見して、「これはどうしたことか。当山の末寺でありながら、『鳥の左右の翼のごとし、また車の二つの輪に似たり』と、対等に抑えて書くとは奇怪である」と言い、返牒も送らなかった。その上、入道相国が天台座主明雲大僧正に大衆を鎮めるよう申し入れたので、座主は急ぎ登山して大衆を鎮めた。こうしているあいだに、宮の御方へは態度不明の旨が伝えられる。
 さらに清盛は、近江米二万石と北国の織延絹三千疋を、山門との往来のためとして寄せた。これを谷々峰々に配ったところ、急なことでもあり、一人で数多く取る大衆もあれば、手を空しくして一つも取れない衆徒もあった。何者のしわざであったか、そこに落書がされた。それがこの一首である。
 この落書のやりとりの後、章段は興福寺から三井寺への返牒へと移る。清盛を法名の浄海で名指しし、ほしいままに国威を盗み朝政を乱したと弾劾する、激烈な漢文が引かれている。

 「織延」は薄く織り延ばした絹で、実際に薄い。その薄さを、恥を隠せない薄さへと読み替えた。物の性質から人の振る舞いへ、一語で移っている。
 山門が寺を挙げて宮に味方するかと思われた矢先に、僧たちは清盛の絹に群がって奪い合った。その姿を「恥」と呼び、その恥を覆うには絹が薄すぎたと言う。贈られた物そのものが、贈られた者の恥を暴く道具になっている。清盛の側から見れば、絹三千疋で山門を黙らせた計略が図に当たったわけで、落書はそれを内側から嘲っている。
 落書は匿名で権威を刺す形式である。巻第五「富士川」には平家を嘲る落書の歌がいくつも並ぶが、平家物語における落書の歌は、この一首から始まる。

山法師……比叡山延暦寺の僧兵。
おりのべ衣……織延の絹で作った衣。薄く織り延ばした絹。
えこそ……ざりけれ…………することができなかったことだ。
落書……匿名で書き捨てる風刺の文書。
牒状……寺社のあいだで交わす公式の書状。
末寺……本寺に従属する寺。
疋……絹布を数える単位。
返牒……牒状に対する返書。
出典
平家物語
その他の歌