埋木の花咲くこともなかりしに
みのなるはてぞ悲しかりける
- 歌の意味
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埋もれ木のように、花が咲くこともなかった身であるのに、その果てに実がなるとは、悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第四 宮の御最後
足利忠綱が宇治川を渡り、平等院での合戦は激しくなった。頼政の次男
源大夫判官兼綱は、上総太郎判官の矢を内甲に受けてひるんだところを、上総守の童で大力の次郎丸に組みつかれて落ちる。兼綱は痛手ながら聞こえた大力であったから次郎丸を押さえて首を掻いたが、立ち上がろうとするところへ平家の兵十四五騎が落ち重なって、ついに討たれた。嫡子
伊豆守仲綱も散々に戦って痛手をあまた負い、平等院の釣殿で自害する。その首は下河辺藤三郎清親が取って大床の下へ投げ入れた。六条蔵人仲家とその子蔵人太郎仲光も散々に戦い、分捕り数多くして討ち死にした。仲家は帯刀先生義賢の嫡子で、父が討たれて孤児であったのを頼政が養子として不憫にしていた者である。日ごろの契約を違えまいとしてか、同じ所で死んだ。
三位入道頼政は、渡辺長七唱を召して「我が首討て」と言われた。唱は、主の生首を討つことの悲しさに、「つかまつろうとも思えません。御自害なさいましたら、その後こそ賜りましょう」と申す。頼政はもっともだとして、西に向かって手を合わせ、高声に十念を唱えられた。その最後の詞が、この一首である。
物語は「その時に歌詠むべうはなかりしかども、若うよりあながちに好いたる道なれば、最後の時も忘られず」と書きとめている。頼政は太刀の先を腹に突き立て、うつぶさまに貫かれて亡くなった。首は長七唱が取り、大勢の中を紛れ出て、石にくくり合わせて宇治川の底の深い所に沈めた。
「埋木」は土に埋もれた木で、花も咲かず、人にも知られない。頼政は長く昇進に恵まれなかった人で、次の章段「鵼」で語られるように、和歌を詠んでようやく昇殿を許され、また和歌を詠んで三位に上った。その自分を、埋もれ木に喩えている。
「みのなる」は「実の成る」と「身の成る」の掛詞である。花が咲かなかったのに実がなる、というのは本来ありえない。そのありえないことが我が身に起きた、それが最期だ、と言っている。花咲かぬ木が結んだ実とは、七十五にしての謀反であり、この自害にほかならない。
巻第一「御輿振」で老僧豪運が引いた「深山木のそのこずえともみえざりし桜は花にあらわれにけり」と、この一首は対をなす。あちらは隠れていたものが花となって現れる歌、こちらは花の咲かなかった木が実だけを結ぶ歌である。平家物語は頼政の生涯を、二首の「花」の歌で括っている。
埋木……土中に埋もれた木。世に知られない身の喩え。
みのなる……「実の成る」に「身の成る」を掛ける。
はて……果て。最期。
三位入道……従三位に叙されて出家した頼政。
十念……南無阿弥陀仏を十回唱えること。
釣殿……寝殿造で池に張り出して建てた建物。
長七唱……渡辺唱。頼政の郎等。
帯刀先生……東宮を警護する帯刀舎人の長。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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