人知れぬ大内山の山守は
木がくれてのみ月を見るかな
- 歌の意味
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人に知られない大内山の山守は、木の陰に隠れたまま、ただ月を見上げるばかりである。
- 鑑賞
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巻第四 鵺
宮も頼政も失われたところで、物語は頼政という人物の来歴を振り返る。
源三位入道頼政は、摂津守頼光から五代、三河守頼綱の孫、兵庫頭仲政の子である。保元の合戦のときも味方として真っ先に駆けたが、それほどの賞にはあずからなかった。平治の逆乱にも親類を捨てて参じたが、恩賞はおろそかだった。大内守護として長く勤めながら、昇殿はついに許されない。年たけ、齢が傾いてのち、述懐の和歌を一首詠んで、ようやく昇殿を許されたのである。その一首がこれである。
「大内山」は宮中を指す語であり、同時に山そのものでもある。その山を守る者、すなわち大内守護の任にある自分を「山守」と名乗った。役職名をそのまま歌語へ転じている。
「月」は宮中の栄華であり、天皇その人でもある。木がくれて月を見る、とは、殿上に昇ることを許されず、物陰から仰ぎ見るばかりだということだ。恨みごとを一語も言わず、山守の日常を述べる形をとっている。
訴えの歌でありながら、訴えの形をとらない。この抑制がそのまま評価されて、昇殿が許された。歌が現実に人事を動かしたのであり、巻第一「御輿振」で豪運が頼政の歌を引いて数千の僧兵を止めた場面と合わせて読むと、頼政という人物が「歌の通じる世界」に属していたことがよくわかる。
その頼政が、歌の通じない宗盛によって滅びへ追い込まれた。巻第四は、名馬をめぐる一首(「競」)で滅びの発端を描き、この述懐の一首で頼政の生涯を遡って照らし返す構成になっている。
大内山……宮中。また京都北西の山の名。
山守……山を守る番人。大内守護の任にかけている。
木がくれて……木の陰に隠れて。
のみ……ばかり。
述懐……思うところを述べること。特に不遇を訴える歌をいう。
昇殿……清涼殿の殿上の間に昇ることを許されること。
大内守護……内裏の警護にあたる職。
兵庫頭……兵庫寮の長官。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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