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物かはと君がいいけん鶏の音の
今朝しもなどか悲しかるらん

歌の意味
ものの数ではないとあなたが言ったという鶏の声が、今朝にかぎって、どうしてこんなに悲しいのだろう。
鑑賞
巻第五 月見

 その夜、大将実定は、旧き都の荒れゆくさまを今様に歌った。ふるき都を来て見れば、浅茅が原とぞ荒れにける、月の光は隈なくて、秋風のみぞ身にはしむ——と。庭に生い茂る野草を月が明るく照らし、草をそよがす秋風に虫の声がまじる。今様を三度くり返すうちに、大将にも大宮にも涙が浮かび、侍従は袖で顔をおおった。
 一夜を明かした実定は暇を告げて出た。しばらくして供の蔵人を召し、「侍従待宵はどう思っているのだろう。あまりに名残惜しそうに見えたから、お前戻って何か申してまいれ」と命じる。蔵人は走り帰って侍従に会い、この一首を述べた。

 小侍従の名を生んだ「ものかは」の一語をそのまま取り上げ、それを反転させている。あなたはものの数ではないと言ったけれど、その鶏の声が今朝は悲しい、と。
 主人の名代として言葉を届ける役目であるから、自分の恋を詠んでいるわけではない。それでも歌としては、相手の代表作に正面から応じる形をとっており、機知としては一級である。相手が生涯背負っているあだ名の由来を持ち出して、その場でひっくり返してみせた。
 実定はこれを聞いて大いに感心し、以後この蔵人は「ものかはの蔵人」と呼ばれた。歌があだ名になるという同じことが、一つの章段で二度起きたわけである。旧都が草に埋もれて消えていく話のなかで、消えずに残ったのは二つのあだ名だった。

物かは……ものの数ではない。小侍従の歌の語を受ける。
君……相手への敬称。ここでは小侍従。
いひけん……言ったという。
鶏の音……夜明けを告げる鶏の声。
今朝しも……今朝にかぎって。
などか……どうして。
蔵人……貴人に仕えて雑事をつとめる者。
今様……平安中期以降に流行した七五調の歌謡。
出典
平家物語
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