待たばこそ更けゆく鐘もつらからめ
帰るあしたの鶏の音ぞうき
- 歌の意味
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待つ身であってこそ、更けていく鐘もつらいのでしょう。今朝は、帰る朝の鶏の声のほうが辛いのです。
- 鑑賞
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巻第五 月見
蔵人が届けた歌に対して、女房はただちにこれを詠み返した。蔵人が実定のもとへ戻ってこの由を伝えると、大将は大いに感心した。以後この蔵人が「ものかはの蔵人」と呼ばれたのは、このやりとりによる。
実定はこののち福原へ帰る。旧都に残るのは大宮と小侍従、そして草に埋もれていく屋敷である。
自分の代表作を、自分で否定してみせた返しである。待つ身であるならば鐘が辛いでしょう、けれども今朝の私は待つ身ではなく、送る身だ。だから鶏の声のほうが辛い、と言う。
昔の答えが、状況によって変わることを認めている。あの歌は人生の一場面で出した答えであって、動かない真理ではなかった——ということを、その歌の作者自身が言うのである。「待宵の小侍従」という名を背負った人が、待宵よりも今朝が辛いと言うのだから、名の由来そのものを裏返したことになる。
この章段で交わされる三首は、いずれも「待つ」と「帰る」をめぐっている。実定が帰り、人が都から去り、時代が去っていく。恋の贈答の形を借りながら、章段全体が別れという一つの主題で貫かれている。荒れ果てた旧都を舞台に選んだのは、そのためである。
待たばこそ……待つ身であってこそ。
つらからめ……辛いことでしょう。
帰るあした……帰っていく朝。
鶏の音……夜明けを告げる鶏の声。
うき……辛い。憂鬱だ。
後朝……男女が一夜を共にした翌朝。またその別れ。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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