別れ路を何かなげかん越えてゆく
関もむかしの跡と思えば
- 歌の意味
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別れ道を何を嘆くことがあろうか。これから越えて行く関も、昔の跡だと思えば。
- 鑑賞
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巻第五 富士川
女房から小袖と歌が贈られたのに対して、忠度はすぐにこの一首を返した。
物語はこの歌について、「関も昔の跡」と詠んだのは、先祖の平将軍貞盛が俵藤太秀郷とともに将門追討のために東国へ下向したことを思い出して詠んだのだろうか、まことに優雅に聞こえた、と評している。
しかし出陣の実態は優雅ではなかった。昔は朝敵を平らげに外土へ向かう将軍は、まず参内して節刀を賜るのが例で、天皇が南殿に出御し、公卿が参列して中儀の節会が行われた。ところが承平天慶の先例は年久しく准えがたいとして、今度は讃岐守平正盛が源義親追討のために出雲へ下向した例により、鈴ばかりを賜って皮袋に入れ、雑色の首に掛けさせて下ったのである。
そして富士川では、水鳥の羽音を源氏の夜襲と取り違えて、平家の大軍は一戦も交えずに逃げ帰ることになる。
女房が別れを嘆いたのに対し、嘆くには及ばないと返している。理由は、これから越える関が、先祖の通った道だからである。
個人の別れを、一族の歴史のなかに置き直すことで慰めにしている。貞盛は将門を討った、自分もまた朝敵を討ちに行くのだ、と。武人の家に生まれた者の自負がここにある。
だが読者はこの後の顛末を知っている。貞盛の子孫は水鳥の音に驚いて逃げ、忠度自身は巻第九「忠度最期」で討たれる。「昔の跡」を頼みにした歌が、昔とはまるで違う結末へ直結していく。物語はこの一首を「いと優しうぞ聞えし」と褒めた直後に、鈴を雑色の首に掛けて下る情けない出陣を並べており、褒め言葉と実態のずれが、そのまま平家の凋落を示す仕掛けになっている。
別れ路……別れる道。別離。
何かなげかん……何を嘆くことがあろうか。
関……東国への道にある関所。逢坂の関など。
昔の跡……先祖が通った跡。
平将軍貞盛……平貞盛。将門を討った忠度の先祖。
俵藤太秀郷……藤原秀郷。貞盛とともに将門を討った。
節刀……出征する将軍に天皇から下賜される刀。
雑色……雑用をつとめる下級の者。
承平天慶……将門と純友の乱のあった年号。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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