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富士川に鎧は棄てつすみぞめの
ころもただきよ後の世のため

歌の意味
富士川に鎧は捨ててしまった。墨染の衣をただ着なさい、後の世のために。
鑑賞
巻第五 五節之沙汰

 侍大将の上総守忠清が、富士川に自分の鎧を捨てたまま素早く退散したことを、巧みに詠んだ落書である。
 忠清は、かつて鳥羽殿の宝蔵に五畿内一の強盗が二人逃げこもったとき、誰も取り押さえる者がないなかで、ただ一人白昼に築地を乗り越え、一人を討ち取り一人を取り押さえて、名を後代に残したと言われた武者だった。その人物が、水鳥の羽音に驚いて鎧を脱ぎ捨てて逃げたのである。

 「ただきよ」に「忠清」と「ただ着よ」を掛ける。鎧を捨てたのだから、代わりに墨染の衣をただ着よ——つまり出家せよ、と言うのである。
 「後の世のため」は来世のため。武士が鎧を捨てるというのは、本来なら死ぬか出家するかを意味する。だが忠清は死ななかった。ならば出家するしかあるまい、という理屈で追い詰めている。名を後代に残した武者への皮肉としては、これ以上のものはない。
 落書四首のうち、宗盛と維盛を嘲るものが一首、一門全体を嘲るものが一首、そして忠清を名指しするものが二首ある。侍大将ひとりに二首が集中しているのは、この敗走の責任がどこにあると世間に見られていたかを、そのまま示している。大将軍は名門の子弟であって、実際に軍を動かすのは侍大将だった。

鎧……よろい。
棄てつ……捨ててしまった。
すみぞめのころも……墨染の衣。僧衣。
ただきよ……「ただ着よ」に「忠清」を掛ける。
後の世……来世。
上総守忠清……平家の侍大将、伊藤忠清。
侍大将……武士の部隊を実際に指揮する将。
築地……土を突き固めて造った塀。
五畿内……山城、大和、河内、和泉、摂津の五国。
出典
平家物語
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