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しのぶれど色に出にけりわが恋は
ものや思うと人のとうまで

歌の意味
隠していたけれど、顔色に出てしまった、私の恋は。物思いをしているのかと人が尋ねるほどに。
鑑賞
巻第六 葵前

 高倉天皇は、中宮に仕える女房の召し使いであった葵前という少女を寵愛された。身分は高くない。関白基房は、素姓の賤しいことをお気遣いなさるならばそのご心配は無用です、この基房が近々養女に申しうけましょう、と申し上げた。
 しかし天皇は、そなたの志はありがたいが、これが譲位のあとでもあればそのようなことも許されよう、在位のうちにそれをすれば後々までも謗りを受けるであろう、私事のために一代の帝位を傷つけたくはない、と言ってお聞き入れにならなかった。一たんこうと決めたことは決してひるがえされない性格を知り抜いている基房は、それ以上は言わずに退出した。
 それでも胸中のやるせなさはつのるばかりで、あるとき天皇は、古歌の恋歌を薄様の鳥の子紙にお書きになり、冷泉少将隆房を通じて葵前にお渡しになった。それがこの一首である。
 水茎のあともなつかしいそのお歌を見た葵前は、これを取って懐に入れ、顔を赤らめて、例ならぬ心地がすると言って里へ帰り、伏せること五、六日で亡くなってしまった。「君が一日の恩のために、妾が百年の身を誤つ」とはこのようなことを言うのであろう、と物語は評している。人々は、唐の太宗が鄭仁基の娘を宮中に入れようとしたのを魏徴が諫めて止めさせた、その故事と少しも違わぬ御心ばえだ、と申し合ったという。

 平兼盛の作で、拾遺集に入り、百人一首の四十番としても知られる。天徳内裏歌合で壬生忠見の「恋すてふ」と番えられて勝った一首である。
 物語のなかでこの歌が果たしている役割は、天皇が自分の言葉を使わなかった、という一点にある。身分の低い女を召すわけにいかないという立場のために、想いは古歌に託すよりほかなかった。既製の歌を借りるという行為そのものが、置かれた制約の表現になっている。
 受け取った葵前は返しを詠まない。返せる立場にないからである。歌が贈られ、返されないまま、贈られた側が死ぬ。平家物語のなかで、和歌が人を死なせる形になっている数少ない例である。
 なお本文は、これを「古歌の恋歌」と明示している。

しのぶれど……隠していたけれど。
色に出づ……顔色や様子に現れる。
ものや思ふ……物思いをしているのか。
薄様……薄手の上質な紙。
鳥の子紙……雁皮を原料とする上質な紙。
水茎のあと……筆跡。
平兼盛……平安中期の歌人。三十六歌仙の一人。
冷泉少将隆房……藤原隆房。巻第四「還御」にも登場する。
関白基房……藤原基房。松殿とも。
出典
平家物語
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