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おもいかねこころは空にみちのくの
ちかのしおがまちかきかいなし

歌の意味
思いに耐えかねて心は上の空だ。陸奥の千賀の塩竈ではないが、近くにいる甲斐がまるでない。
鑑賞
巻第六 小督

 葵前を失って涙に沈んでおられる天皇をお慰めしようと、中宮徳子は自分に仕える女房のうちから小督という女房を差し出した。桜町中納言成範の娘であり、宮中第一の美人という噂が高く、その上、琴の名手である。
 その小督は、冷泉少将隆房が多くの求愛者を押しのけてようやく愛をかち得た相手だった。隆房は清盛の娘である妻のことも忘れて小督に通いつめていたのである。それが天皇に召され、いやおうなしに内裏へ上ることになった。
 失望したのは少将である。といって天皇と寵を争うことなど、考えるだけでも不可能だった。しかし小督を忘れることができず、用もないのに参内しては、女房たちのいる局のあたりを、あっちへ行ったりこっちへ来たりして一日じゅううろつき回った。御簾の中からは、少将の焦躁が手に取るようにわかる。小督にとってもそれは辛いことだったが、いったん君の想い者となった今では、軽はずみな真似は許されない。
 いつまで経っても姿一つ見せず、声すら掛けようとしない小督の態度に、少将はある日我慢しきれなくなって、小督のいるあたりの御簾を目がけて一首の歌を投げ入れた。それがこれである。

 「みちのくの千賀の塩竈」は陸奥の歌枕で、ここでは下の「近き」を導く序詞として働いている。同じ宮中にいて、距離としては近いのに、近い甲斐がまるでない、という。
 上の句の「こころは空に」は、思いあまって心が上の空になること。「空」から「みちのく」へと空間が一気に広がり、そこから「近き」へ折り返してくる構成である。遠い歌枕をわざわざ持ち出しておいて、言いたかったのは近さのことだった。近すぎて届かない、という距離の逆説が、この折り返しに収まっている。
 なおこの隆房は、巻第四「還御」で厳島からの帰路、上皇の求めに応じて「たちかへるなごりもありの浦なれば」と即興で詠んだ人物である。あちらは座興の祝いの歌、こちらは御簾へ投げ込む歌で、同じ人の歌が二つのまったく違う調子で現れることになる。

おもひかね……思いに耐えかねて。
心は空に……上の空になって。
みちのく……陸奥国。
ちかの塩竈……千賀の塩竈。陸奥の歌枕。「近し」を導く。
かひなし……甲斐がない。
御簾……すだれ。
局……宮中で女房に与えられた部屋。
桜町中納言成範……藤原成範。巻第一「吾身栄花」に見える人物。
序詞……ある語を導き出すために前に置く修辞。
出典
平家物語
その他の歌