たまずさを今は手にだに取らじとや
さこそ心に思い捨つとも
- 歌の意味
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手紙を、今はもう手に取ることさえしないというのか。それほどまでに、心では思い捨てているとしても。
- 鑑賞
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巻第六 小督
御簾へ投げ入れられた歌を、小督は一たんは返事を書こうかとも思い迷った。けれども天皇の御ためにうしろめたい気がして、手に取って見ることさえせず、そばに仕える上童に渡して、中庭へ投げ出させてしまう。
返事がもらえると思っていた少将は、自分の手紙がそのまま戻ってきたのを見てがっかりした。しかし人目につけば困るので、何食わぬ顔で拾い上げて懐に入れ、退出した。ところが、こうまでされても、いやそれだからいっそう思いは募るばかりで、もう一度立ち戻って詠んだのがこの一首である。
この後、少将は、もはやこの世で逢うことも難しいのだから、生きて物を思うよりただ死にたい、とばかり願うようになる。
やがて清盛がこの一件を聞きつけた。中宮も自分の娘、冷泉少将も娘婿である、小督がいる限り世間体が悪い、と言い出す。それを聞いた小督は、内裏を密かに紛れ出て姿を消した。天皇はまた涙に沈み、八月の深夜、宿直の仲国に、小督は嵯峨のあたりにいるらしいから行ってほしいと命じる。仲国は琴の音を頼りに小督を探し当てることになる。
「玉章」は手紙の美称である。書いて贈った手紙が、開かれもせず庭に投げ捨てられた。その事実だけを述べている。
「さこそ……とも」は、それほどまでにそうだとしても、という譲歩の言い方である。心では思い捨てているのだろう、それはわかる。しかし手に取ることさえしないのか——と、行為の一点に絞って抗議している。心は責めず、手だけを責める。返事がないことではなく、受け取りさえしないことを問題にしているところに、この歌の細かさがある。
前の一首が自分の心境を述べたのに対し、こちらは相手の行為を問う。二首を並べて読むと、返事のない相手に向かって独り言が続いていく形になっており、その独り言が最後には死にたいという言葉に行き着く。物語はこの隆房の絶望を丁寧に描いておいて、そのうえで小督の失踪と、仲国が琴の音を頼りに嵯峨野を探す名高い場面へと進んでいく。
たまづさ……玉章。手紙の美称。
手にだに……手にさえ。
取らじとや……取るまいというのか。
さこそ……それほどまでに。
思ひ捨つ……思いを捨てる。
上童……貴人に仕える少年。
坪……建物に囲まれた中庭。
宿直……夜間、宮中に詰めて警護すること。
仲国……弾正少弼源仲国。笛の名手として知られた。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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