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よなきすとただもりたてよ末の代に
きよくさかうることもこそあれ

歌の意味
夜泣きをするというが、忠盛よ、ただ守り立てて育てよ。末の世に、清く栄えることもあるだろうから。
鑑賞
巻第六 祇園の女御

 清盛の死を語り終えた物語は、ここでその出生にさかのぼる。
 白河院が祇園の女御のもとへ通われたある五月雨の夜、御堂のあたりに怪しいものが現れた。頭は銀の針を立てたようで、片手には槌のような形のもの、もう一方の手には何やら光るものを持っている。あれこそ噂に聞く鬼、持っているのは打出の小槌に違いない、と一同が恐るおそる顔を見合わせて騒いだ。そのころから武名の誉れの高かった忠盛は、まだ北面の下級武士であったが、すぐ御前に呼び出されて怪物退治を命じられる。
 忠盛が近づいてよくよく見ると、そう大して強そうにも思われない。せいぜい狐か狸といったところであろう、これを射殺したり斬殺したりしては後悔するかもしれぬ、まず生け捕ろう——そう考えて、ずかずかと側に寄って力にまかせて組みついた。とたんに「何をなさる」と声がかかる。魔性の者と思いのほか、まぎれもなく人間だった。灯りをともしてよく見れば六十近い老僧で、この御堂に仕える者だという。仏前に灯明を上げようと柄のついた瓶に油を入れ、片手の土器に火を入れ、雨が降ってきたので濡れぬよう頭に麦藁を結んで笠のようにしていたのが、土器の火に照らされて銀の針に見えたのだった。
 殺さずに済んでよかった、思慮深い忠盛だったから人の命を傷つけずに済んだ、何と感心な奴だろう——白河院はひどく感心され、褒美に、ご寵愛の深かった祇園の女御を忠盛に賜わった。
 女御は忠盛のもとへ来たとき、すでに身重であった。院は、生まれた子が女であったら朕の子に、男ならそちの子にせよ、と仰せられていたが、生まれたのは男だった。忠盛はこのことを奏上する機会を待っていたところ、熊野行幸の途中、糸鹿坂というところで休息することになる。忠盛は袖に道々とった山芋の子を入れて御前に伺候し、「妹が子は這ふ程にこそなりにけれ」と申し上げた。院もすぐに気づかれたらしく、「ただもり取りて養ひにせよ」と即座にお返しになる。
 さらに、この男の子に夜泣きの癖があって困るという話を聞かれて詠まれたのが、この一首である。このお歌から、子は清盛と名づけられた。

 「ただもり」に「忠盛」と「ただ守り」を掛け、「きよく」に「清」の字を、「さかうる」に「盛」の字を隠す。三つの掛詞によって、平清盛という名前そのものを歌のなかから生み出している。
 夜泣きの子をあやす歌という日常の形をとりながら、実際には、この子は末の世に清く栄えるであろうという予言になっている。物語は、清盛が白河院の落胤であるという説を、この一首を通じて読者に示す。歌が出生の秘密を語り、同時に名前を与えるという、二重の働きをしているわけである。
 配置に注意したい。巻第一の冒頭で「驕れる人も久しからず」と語り出された物語が、巻第六で清盛を熱病に焼き殺し、そのすぐ後にこの名づけの歌を置く。「清く栄うる」という予言はたしかに当たり、そして予言どおりには終わらなかった。名前の由来をここに配置したこと自体が、平家物語の批評になっている。

夜泣き……乳児が夜に泣くこと。
ただもり……「忠盛」に「ただ守り(立てよ)」を掛ける。
末の代……後の世。将来。
きよく……「清く」に「清」の字を掛ける。
さかうる……「栄うる」に「盛」の字を掛ける。
祇園の女御……白河院の寵姫。祇園のあたりに住んだことによる名。
北面……院の御所の北面に詰めた警護の武士。
打出の小槌……振れば望みの物が出るという小槌。
糸鹿坂……紀伊国の坂。熊野街道の途中にある。
落胤……身分の高い人が正妻以外に生ませた子。
出典
平家物語
その他の歌