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あかずして別るる君が名残をば
後の形見に包みてぞおく

歌の意味
名残の尽きぬまま別れるあなたの、その名残を、後々の形見として包んでおくことだ。
鑑賞
巻第七 経正都落

 皇后宮亮経正は、幼少のころ仁和寺御室のもとで童として仕え、深い寵愛を受けていた。都を落ちるにあたって、その御所へ暇乞いに参られた。
 侍五、六騎を門前に控えさせ、自身は甲冑を解いて直垂姿になり、御前へ出る。このたび一門が都を落ちますこと、名残は尽きませんが、ここまで参りましたと申し上げると、御室はたいそう哀れに思われて涙を流された。多くの僧たちも別れを惜しんだ。
 経正は、幼少のころ賜わって秘蔵していた青山という琵琶を、御室にお返し申し上げる。西海の波の底に沈めてしまってはあまりに惜しゅうございます、もし世が静まることがあれば、ふたたび賜わりたく存じます——そう言い添えた。
 御室はいよいよ名残を惜しまれ、御硯を召して一首の歌を書き、経正に賜わった。それがこれである。

 「あかずして」は、満足しないまま、名残が尽きないままである。
 「包みてぞおく」の目的語は文法上「名残」だが、実際に包んで置かれるのは経正が返した琵琶にほかならない。形のない名残を、形のある琵琶に移し替えている。青山が御所に残ることが、そのまま経正が残ることになる。
 この一首から始まる四首の贈答が、経正都落の章段を構成している。返された琵琶をめぐって歌が交わされ、歌が交わされることによって別れが成立する。武具を解いて直垂になり、琵琶を返し、歌を詠んでから戦場へ戻ってゆく。平家の公達の別れがどのような手続きを踏むものだったかを、この章段は丁寧に描いている。
 直前の「忠度の都落」で忠度が俊成に歌の巻物を託したのと、構図は同じである。武人が去るにあたって、武具ではないものを託していく。忠度は歌を、経正は琵琶を残した。

あかずして……満足しないまま。名残が尽きないまま。
名残……別れたあとに残る心残り。
後の形見……のちのちの思い出の品。
包みてぞおく……包んで置いておく。
仁和寺御室……守覚法親王。後白河法皇の子。
青山……唐から伝来した名器の琵琶。
直垂……武士の平服。
御硯……硯。歌を書くために召される。
皇后宮亮……皇后宮職の次官。
出典
平家物語
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