- 歌の意味
-
哀れなことだ。老木も若木も同じ山桜、遅れるも先立つも、花はどれも残りはしないだろう。
- 鑑賞
-
巻第七 経正都落
御室と経正の贈答が交わされたのち、その場に居合わせた大納言法印行慶が詠んだ一首である。行慶は経正が幼いころから親しく接してきた僧で、この日の別れを見送る側にあった。
都を落ちる者と、御所に残る者。若い経正と、老いた行慶。同じ場に、去る者と残る者とが向かい合っている。
老木と若木を並べて、どちらも同じ山桜だと言う。年齢の違いは、花が散るという一点においては何の意味も持たない。
「おくれ先だち」は、遅れて死ぬことと先立って死ぬことである。老いた者が先に死ぬとは限らず、若い者が先立つこともある。どちらにせよ、花は一つも残らない。
残る側の人間が詠んでいることが、この歌を苦いものにしている。自分は御所に残り、経正は戦場へ行く。順序でいえば老いた自分が先に死ぬはずだが、実際には若い経正のほうが先に死ぬだろう——それを口にはせず、桜の摂理として述べている。巻第一で妓王が「もえ出るもかるるも同じ野辺の草」と詠んだのと、同じ構えの歌である。
実際、経正は翌年の一の谷で討たれる。行慶の見立ては当たった。
あはれなり……しみじみと心を動かされる。哀れだ。
老木……年を経た木。
若木……若い木。
山桜……山に自生する桜。
おくれ先だち……あとに残ることと先に死ぬこと。
残らじ……残らないだろう。
大納言法印行慶……仁和寺の僧。
法印……僧位の最上位。
- 出典
-
平家物語
- その他の歌
-