籠の中もなおうらやまし山がらの
身のほどかくすゆう顔のやど
- 歌の意味
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籠の中の身さえ、なおうらやましい。山雀のように身のほどを隠して暮らす、この夕顔の宿にいる私には。
- 鑑賞
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巻第八 山門御幸
紀伊守範光が宮中に落書した歌二首のうちの、二首目である。前の一首と並べて置かれた。
範光は、四の宮が西国へ連れ去られようとしたところを身を挺して引き止めた人物である。その翌日に法皇からのお召しがあり、宮の運命は開けた。しかし宮からは何の沙汰もなく、月日ばかりが過ぎていた。
「山がら」は山雀で、籠に飼われて芸を仕込まれる小鳥である。籠の中にいるのは不自由だが、少なくとも人に飼われている。それさえうらやましいというのだから、自分は飼われてさえいない、ということになる。
「夕顔の宿」は源氏物語の夕顔の巻を踏まえる。垣根に夕顔の咲く、みすぼらしい家である。「身のほどかくす」は、身分の低さを隠して目立たずに暮らすこと。
二首とも、恩賞を求める言葉は一つもない。忘れられているということだけを訴えている。前の一首が「思い出せ」と呼びかけたのに対し、こちらは自分の現状を描いてみせる。呼びかけと自画像を組み合わせて、訴えを完成させている。
四の宮はこれをお聞きになり、範光を召してただちに正三位に任じられた。歌が現実に人事を動かした例であり、巻第四「鵼」で頼政が述懐の歌によって昇殿を許され、さらに三位に上ったのと同じ型である。武士が官位を求めて詠んだ頼政の歌と、公家が忘却を訴えて詠んだこの歌とが、四巻を隔てて響き合っている。
籠の中……鳥籠の中。
うらやまし……うらやましい。
山がら……山雀。籠で飼われ、芸を仕込まれた小鳥。
身のほど……身分。分際。
かくす……隠す。
夕顔の宿……夕顔の咲く粗末な家。源氏物語の巻名を踏まえる。
落書……匿名で書き捨てる文書。
述懐……思うところ、特に不遇を述べること。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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