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住みなれしふるき都の恋しさは
神も昔におもい知るらん

歌の意味
住み慣れた古い都の恋しさは、神もまた昔のご自身のこととして、思い知っておられるだろう。
鑑賞
巻第八 名虎

 平家は西国へ落ちた。翌十七日、一族とその勢は筑前国三笠郡の太宰府に着く。ようやく一息ついた一行に、京都から従っていた菊池次郎高直が、肥後の国境の大津山の関所を開いてお迎えの準備をしたいと願い出て、一人肥後へ戻っていった。
 ところが国に帰った高直は自分の城に引きこもり、迎える準備もしなければ、部下を連れて太宰府を守りに来る様子もない。不安を感じた平家からの度重なる使いにも返事はなく、離反は今や決定的である。そのほか九州全域の侍たちも、われらは平家の味方、天皇の御ために馳せ参ずる決意、などと立派な返事を出しながら、誰一人として太宰府へ来る者はいなかった。ただ一人、岩戸にいる大蔵種直が伺候しているだけである。かつて平家の全盛時代に恩を受けた武士たちも、落目の平家には冷たかった。
 十八日、平家は安楽寺へ参拝して、夜もすがら歌を詠み、連歌をするなどして神を祭っていた。その中で本三位中将重衡が詠んだのが、この一首である。逆境に神を祭り、歌を詠んでわずかに心を慰めていたところへ、人々の心底を衝くこの歌が現れた。人々は辛い現実に再び立ち返るとともに身の不遇を泣き、あらためて望郷の念にかられたのであった。

 安楽寺は菅原道真を祀る社である。道真もまた都を追われてこの地に下り、都を恋いながら死んだ。重衡はその神の前で、都の恋しさは神もご存じだろうと詠んだ。
 「思ひ知る」は身にしみて知ることである。神が思い知るという言い方は本来なら成り立ちにくいが、道真という前例があるからこそ通る。祈願ではなく、共感を求める歌になっている。神に願うのではなく、神に、あなたもそうだったでしょう、と語りかけているのである。
 この後、平家は宇佐へ行幸し、そこで宗盛が「世の中の憂さには神もなきものを」という託宣を受ける。神に共感を求めた重衡の歌と、神に突き放される宗盛の夢とが、二つの章段にまたがって並んでいる。九州で平家が神に向かって差し出した言葉と、神から返ってきた言葉である。
 なお重衡は、巻第九「重衡生捕」で生け捕りにされ、巻第十で東国へ下り、巻第十一「重衡被斬」で奈良に引き渡されて斬られる。南都を焼いた張本人として最も過酷な末路をたどる人物が、ここでは静かな望郷の歌を詠んでいる。

住みなれし……住み慣れた。
ふるき都……もとの都。京。
恋しさ……恋しく思う気持。
神……安楽寺の神、すなわち菅原道真。
思ひ知るらん……身にしみて知っておられるだろう。
安楽寺……太宰府天満宮。菅原道真を祀る。
本三位中将重衡……平重衡。清盛の五男。南都焼討の大将。
菊池次郎高直……肥後の武士。平家から離反した。
大蔵種直……岩戸の武士。最後まで平家に従った。
連歌……上句と下句を別人が詠み継ぐ形式。
出典
平家物語
その他の歌