人知れず其方をしのぶ心をば
傾く月にたぐえてぞやる
- 歌の意味
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人に知られずそちらを思い慕うこの心を、西へ傾く月に添えて送ることだ。
- 鑑賞
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巻第九 三草勢揃え
京にいる人々は、平家がすでに福原まで攻めのぼって来ていることを聞いて勇み立つ者も多かった。そのなかで、二位僧都全真は、梶井宮と長年のあいだ同宿の間柄であったので、互いに何かと音信を交わしていた。
都の宮から文が来た。旅先のこととて、さぞかしお苦しみのことと存じますが、こちらの都も平穏ではありません、などと詳しく記され、その後に一首の歌が添えられていた。それがこれである。
これを読み終えた僧都は、手紙を押しいただいて顔にあて、涙を流した。
「其方」は西のかた、すなわち福原である。都から西を見て、そちらを思う。
「傾く月」は西へ沈もうとする月である。月は西へ動くのだから、月に託せば思いは福原へ届く。伝える手立てのない相手へ、天体の運行を使って心を送るという発想で、巻第二で康頼が潮風に伝言を託したのと同じ型に属する。
しかし「傾く月」は、巻第七「平家山門連署」で願書の巻頭に書かれていた「西へ傾く月とこそみれ」と同じ語である。あちらは平家の滅びを見通した歌だった。ここでは思いを託す乗り物として使われているが、その月が向かう先は、やはり沈む方角にほかならない。慰めの歌でありながら、行き着く先は決まっている。
僧都が手紙を顔にあてて泣いたのは、その含みまで読み取ったからだろう。都に残る宮は、平家に与する者へ、公然とは書けない思いを送った。「人知れず」の一語に、その立場が出ている。
人知れず……人に知られないように。
其方……そちら。ここでは西の福原。
しのぶ……思い慕う。また人目を忍ぶ。
たぐふ……並べる。添える。ここでは託す。
傾く月……西へ沈もうとする月。
梶井宮……比叡山の門跡。のちの三千院。
二位僧都全真……平家一門の僧。
同宿……同じ寺に起居すること。
音信……便り。たより。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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