わが恋はほそ谷川のまろき橋
ふみかえされてぬるる袖かな
- 歌の意味
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私の恋は、細い谷川に架かった丸木橋のようだ。踏み返されて落ち、袖が濡れることだ。
- 鑑賞
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巻第九 小宰相
越前三位通盛は、上西門院に仕える小宰相という女房に恋をした。手紙を書いては送ったが、小宰相からは梨のつぶてである。それでも思い諦めず、通盛は何度も何度も手紙を書き、思いのたけを歌に寄せた。それが三年のあいだ続いたのだが、小宰相もさるもので、一向に取り上げようとしない。
さすがに通盛も望みの空しさを覚り始めた。これでも返事を寄こさぬのなら仕方ない、諦めようと、最後の手紙を使いに託す。ところがいつも文使いをしてくれた女房に逢えず、すごすご引き下がろうとしていると、小宰相の車が御所へ入って来た。悶々の想いを抱いて待ちわびている通盛のことを考え、使いの者は思い切って、通り過ぎるように装いながら車の簾の中へ手紙を投げ入れた。
開いてみると、また通盛の文である。御所へ参内する途中では他に置く場所もないので、仕方なく袴の腰にはさんで出仕した。雑事にまぎれてうっかり忘れているうちに、ところもあろうに門院の前に取り落としてしまう。ちらと小宰相の袴から落ちたのを百も承知で、門院は面白そうに、珍しい物を拾いましたよ、どなたのお持ち物でしょうねと言われた。誰一人知らないという女房たちのなかで、小宰相だけが真赤になってうつむいていた。
門院も内々、通盛が小宰相にとうから執心であることには気づいておられたので、興味深く思われ、自ら文をお開きになる。匂やかに香をたきこめた手紙には、類い稀な筆跡で、貴女のように強情な方も珍しい、それがかえって私の恋心を一層あおり立てるのです、などと細々と書かれたうえ、最後にこの一首が入っていた。
「まろき橋」は丸木橋である。細い谷川に一本渡してあるだけの、頼りない橋を我が恋に喩えた。
「ふみかへされて」に、踏み返されてという意と、文を返されてという意を掛ける。丸木橋は踏まれれば裏返り、渡ろうとした者は水に落ちる。手紙を返された自分もまた、同じように落ちて袖を濡らしている、というのである。
「ぬるる袖」は落ちた水と涙の両方で、谷川という景がそのまま涙につながっている。橋、川、踏む、濡れる——一つの景のなかだけで、三年間の求愛と、その拒絶と、涙とが言い尽くされている。
そしてこの歌が門院の手で読まれたことが、事態を動かした。三年届かなかった思いが、当人ではなく第三者に読まれることによって通じる。歌が人を動かす例として、平家物語のなかでも珍しい経路をたどっている。
わが恋……私の恋。
ほそ谷川……細い谷川。
まろき橋……丸木橋。
ふみかへされて……踏み返されて。「文返されて」を掛ける。
ぬるる袖……涙に濡れる袖。
越前三位通盛……平通盛。教盛の子。
上西門院……後白河法皇の姉、統子内親王。
門院……建礼門院徳子。
梨のつぶて……返事のないこと。
参内……宮中に参上すること。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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