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逢うことも露の命ももろともに
こよいばかりやかぎりなるらん

歌の意味
逢うことも、露のようなこの命も、どちらも今宵かぎりということになるのだろうか。
鑑賞
巻第十 内裏の女房

 重衡が鎌倉へ下されることになり、その前に一度だけ、女房との対面が許された。女房は車で八条堀川へ来る。武士が見ておりますから、そのまま車の外へはお降りになりますな、と止められ、重衡は自ら車の簾をくぐって顔をさし出した。目と目が合った瞬間、二人の頬は涙で濡れていた。黙って手と手を取り、顔と顔を押しあてたまま、しばらくそのままじっとしている。
 西国落ちの時も、どんなにお別れに行きたいと思いながら、余りの騒がしさにそれも許されず、一言もお便りせずに黙って発ったことを、何としても申しわけなく思っていたのです。あちらに着いてからも、手紙を上げ、お返事ももらいたいとは思いながら、戦、戦の連続で思うようにまかせず、気になったまま年月を過してしまいました。それがこのように情ない身になったからこそ、また貴女にもう一度逢えたのかも知れません——話しながらも、涙はとめどなく流れるのであった。
 二人の物語はいつ果てるとも見えないうちに、夜も次第に更けていく。近頃は物騒だからもうお帰りなさい、さあ早く——重衡はわれとわが心にむち打って車を出させた。その別れ際に贈ったのが、この一首である。

 「露の命」ははかない命をいう常套句だが、ここでは実際に明日をも知れない身である。慣用句が、額面どおりの意味を取り戻している。
 効いているのは「もろともに」である。逢うことと命と、二つを並べて、どちらも今宵限りだろうと言う。逢瀬の終わりと生の終わりを、同じ一つの終わりとして扱っている。
 前の歌で「今ひとたび」を求め、それが叶った。叶ったその夜に、これが最後だと言う。願いが果たされることと、失われることとが、同じ晩に重なっている。
 「かぎりなるらん」の「らん」は推量で、断定していない。まだわからない、という余地を残した言い方だが、その余地がかえって心細さを増している。

逢ふこと……逢瀬。
露の命……露のようにはかない命。
もろともに……どちらも一緒に。
こよひばかり……今宵かぎり。
かぎり……終わり。最後。
ならん……であろうか。推量を表す。
簾……車や部屋にかけるすだれ。
八条堀川……重衡の宿所。
鎌倉……源頼朝の本拠。
出典
平家物語
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