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旅の空埴生の小屋のいぶせさに
ふる里いかに恋しかるらん

歌の意味
旅の空の下、埴生の小屋の気詰まりさに、故郷がどれほど恋しくおありでしょう。
鑑賞
巻第十 海道下り

 頼朝の命によって、中将重衡が東国へ向けて出発したのは三月十日であった。供には梶原平三景時がつき従う。
 四宮河原を過ぎれば、関の嵐に心を澄まして琵琶を弾いたという蝉丸に思いをはせる。勢多の唐橋を駒もとどろに踏みならし、雲雀の上がる野路の里を過ぎれば、志賀の浦波にも霞にくもる鏡山にも、再び春が訪れていた。不破の関屋の板びさし、鳴海の汐干潟と次第に東へ下るにつれて、思いは果てしなく都の空へ飛ぶのであった。
 ある日の夕べ、遠江の池田の宿に泊ることとなり、その日は宿の長者、熊野の娘である侍従のもとに宿をとった。侍従は、かつて華やかにときめいた人が捕われの身となって、こんな田舎の宿に泊ることになったのをひどく哀れに思ったらしい。一首の歌を詠んで贈った。それがこれである。

 「埴生の小屋」は土で塗った粗末な小屋で、身分の低い者の住まいをいう。自分の宿を卑下しながら、その粗末さゆえに都が恋しかろうと察している。
 もてなしの言葉である。しかし、都が恋しいでしょうという言い方は、都へは帰れないという事実を前提にしてはじめて成り立つ。捕われて東へ下る人に、それを言う。同情がそのまま、事態の確認になっている。
 重衡はこの歌を、やさしうもつかまつたるものかな、と褒めて、詠み手を尋ねた。歌が身分を越えて通じる場面である。旅の宿の遊女と、生捕りにされた公達とが、和歌という一点においてだけは対等に向かい合っている。
 なお「海道下り」の章段は、四宮河原から鎌倉まで、東海道の歌枕を次々に織り込んだ道行文として名高い。その道行のなかに、この贈答が置かれている。

旅の空……旅先。旅の途中。
埴生の小屋……土で塗った粗末な小屋。
いぶせさ……気が晴れないこと。むさくるしさ。
ふる里……故郷。ここでは都。
いかに……どれほど。
恋しかるらん……恋しくおありだろう。
長者……宿場の遊女を束ねる女。
池田の宿……遠江国の宿場。
侍従……熊野の娘。のち海道一の名人といわれた。
道行文……道中の地名を連ねて叙する文体。
出典
平家物語
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