いかにせん都の春もおしけれど
なれし吾妻の花や散るらん
- 歌の意味
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どうしよう。都の春も惜しいけれど、住み慣れた東国の花は、もう散っているだろうか。
- 鑑賞
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巻第十 海道下り
重衡は侍従の歌を嬉しく思い、供の景時に尋ねた。優しい心の女性とみえるが、何と申す者じゃ、と。
景時はかしこまって答える。実はもうご存じかと思っておりましたが、熊野の長者の娘、侍従と申し、宗盛卿がまだ当国の大守であられた時に召し出されて厚いご寵愛を受け、都にも連れて行かれた者でござります。卿のご愛惜は深く、暇を下さらぬため、故郷に残した老母の身が気がかりで、ちょうど花の盛りの頃、こういう歌を詠んだのです——そう言って引いたのが、この一首である。
宗盛もこれに感心して暇を賜わり、侍従は故郷へ帰ることができた。以後、海道一の名人といわれているという。
都の春と、東国の花とを天秤にかけている。どちらも花だが、片方は今いる場所の花、片方は故郷の花である。
「なれし吾妻」の「なれし」は住み慣れた、である。都で寵愛を受けている身でありながら、慣れているのは東国のほうだと言う。恩を受けた相手に向かって、あなたのいる場所は私の場所ではないと述べたことになる。
しかし言葉の上では、老母のことも、帰りたいということも、一言も出てこない。花は散っているだろうかと問うだけである。母の身を花に託して尋ねる。それが宗盛を動かした。
直訴でも懇願でもなく、故郷の花を案じるという体裁で暇を求める。巻第四「鵼」で頼政が「昇るべきたよりなき身は木の下に」と詠んで三位を得たのと、方法としては同じである。歌によって求めるということが、身分を問わず有効に働いている。
いかにせん……どうしよう。
都の春……都の春の花。
をしけれど……惜しいけれど。
なれし……住み慣れた。
吾妻……東国。ここでは遠江。
花や散るらん……花は散っているだろうか。
暇……休暇。宮仕えを退くこと。
宗盛……平宗盛。当時の遠江守。
海道一……東海道で第一。
長者……宿場の遊女を束ねる女。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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