おしからぬ命なれども今日までに
つれなきかいのしらねをもみつ
- 歌の意味
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惜しくもない命ではあるけれど、今日まで生き永らえたおかげで、つれない甲斐の白根を見ることができた。
- 鑑賞
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巻第十 海道下り
都を出て既にひと月、春もはや盛りを過ぎるころであった。重衡の心は何を見ても楽しまない。華やかだった昔の想い出、そして苦しかったいくさの日のこと、今の哀れな境遇、さらに行末に思いを馳せると、ますます胸はふさがれ、心は重くなるばかりである。
重衡と大納言佐殿とのあいだには子がなかった。そればかりが苦労の種であったが、今にして思えば、まだ子のないことが幸いであったともいえるのだった。
やがて小夜の中山、宇津の山を越えたとき、遠くに雪を頂いた山が見えた。名を尋ねると、甲斐の白根であるという。重衡はそこで、この一首を詠んだ。
富士の裾野を経、足柄山を越え、大磯を過ぎて、いつしか一行は鎌倉に入ったのであった。
「かい」に、国名の甲斐と、値打ちの意の甲斐とを掛ける。惜しくもない命だが、生きていた甲斐はあった、その甲斐の白根を見た——という組み立てである。
「つれなき」は、こちらの思いに関わりなく変わらぬさまをいう。雪を頂いた白根は、都の栄華にも一門の滅亡にも無関心に、ただそこにある。その無関心さを「つれなき」と呼んだ。
生きていた甲斐はあったと言いながら、見たのは冷たい雪山である。喜びの言葉の形をとりながら、慰めのなさを述べている。命を惜しまないと言う人が、その命の甲斐を数え上げてしまう。数え上げてみれば、一つしかなかった。
この章段で重衡が自分から詠んだ歌は、侍従への返歌とこの一首だけである。返歌のほうは無常を説く理屈であったのに対し、こちらは目の前の山を見て出てきた言葉になっている。鎌倉に入る直前、東海道の道行はこの一首で閉じられる。
をしからぬ……惜しくもない。
命なれども……命であるけれど。
今日までに……今日まで生き永らえて。
つれなき……こちらに関わりなく平然としている。
かい……国名の「甲斐」に「効果、値打ち」を掛ける。
しらね……白根。甲斐の白根山。
小夜の中山……遠江国の峠。歌枕。
宇津の山……駿河国の山。伊勢物語で知られる。
大納言佐殿……重衡の北の方。
足柄山……相模と駿河の境の山。
- 出典
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平家物語
- その他の歌
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