古典和歌stream

そるまではうらみしかどもあずさ弓
まことの道に入るぞうれしき

歌の意味
剃るまでは恨んでいたけれど、まことの道に入ってくれたのは嬉しい。
鑑賞
巻第十 横笛

 滝口入道は、もと小松殿に仕えた斎藤時頼という侍で、横笛という女を深く思っていたが、父に諫められて発心し、嵯峨の往生院に入った。横笛はこれを聞いて訪ね当てる。障子の隙間から覗くと、変わらぬ懐かしい姿で立っているのである。われとわが身に心をさいなまれながら、しかし滝口の気持は強かった。こちらにはそういう方はおられません、お間違いではござりませぬか——恋しい滝口の顔が門口に現れるのを待ち構えていた横笛は、無愛想な見知らぬ僧の言葉に、がっくりと首をうなだれた。今はこれ以上、言う術もない。しおしおと首をうなだれて山路を下りていく後姿を見ながら、滝口は何度か叫びそうになるのを、こぶしを握りしめてこらえていた。
 その後、滝口は同宿の僧に向かって言った。ここは閑静この上なく、念仏三昧に日を暮すにはもってこいと思っておりましたが、どうも昔好きだった女に知られてしまっては、一度は心強く帰しても、二度、三度となれば鉄石ではないこの滝口、再び昔の情に引きずられることもあるかと思いまする、今度はもっと人知れぬ山深く入るつもりですから——そう暇を告げて、高野山の清浄心院に入った。
 滝口に見捨てられた横笛も、今はこの世に用はないと、同じく発心して尼となる。滝口はひそかにこの事を聞いて、さすがに哀れさを覚えたのだろう。この一首を贈った。

 「あづさ弓」は「そる」「引く」を導く枕詞である。弓は反るものだから、髪を剃るの「そる」に掛かる。武具の語が、出家の語を導いている。かつて武士であった者が、出家について詠むのに武具の枕詞を使った。
 言っているのは、髪を剃るまでは恨んでいた、ということである。恨んでいたのは横笛のほうだと読むのが自然だが、滝口自身が恨めしく思っていたとも読める。どちらにせよ、剃った後は嬉しいと言う。
 追い返しておいて、尼になったと聞けば嬉しいと言う。この身勝手さを、物語は咎めない。まことの道に入ることが、この世の情より上位に置かれているからである。
 滝口はこの後、巻第十「高野」で維盛と再会し、その出家を助け、「維盛入水」では入水をためらう維盛を励ます人物になる。恋を捨てた者が、家族を捨てる者を導く。

そる……髪を剃る。「反る」を掛けて「あづさ弓」の縁語となる。
うらみし……恨んでいた。
あづさ弓……梓の木の弓。「そる」「引く」を導く枕詞。
まことの道……仏の道。
入るぞうれしき……入ったのが嬉しい。
往生院……嵯峨にあった寺。
清浄心院……高野山の子院。
発心……仏道に入る心を起こすこと。
念仏三昧……ひたすら念仏を唱えること。
小松殿……平重盛。
出典
平家物語
その他の歌