古典和歌stream

君住めばここも雲井の月なれど
なお恋しきは都なりけり

歌の意味
君がお住まいになるのだから、ここもまた雲居の月ではあるけれど、それでもなお恋しいのは都であった。
鑑賞
巻第十 藤戸

 七月二十八日、新帝後鳥羽天皇が即位された。しかし三種の神器のない即位の例は、古今未曽有のことである。また蒲冠者範頼は参河守、九郎冠者義経は左衛門尉にそれぞれ昇級した。義経が九郎判官と呼ばれるようになったのは、これによる。
 いつしか都には秋の気配が忍び寄っていた。荻の上を渡る風、かすかに聞こえる虫の声、ざわざわと稲の穂がゆれて、秋は日ましにその色を深めていく。ただでさえ秋はうら悲しいというのに、旅の空で心細い境遇のうちに秋を迎える平家の人々の心は、一層わびしさにさいなまれるのであった。
 かつては九重の奥深く、賑やかに春の花を賞でて遊んだこともあった人たちが、都を遠く離れた屋島の浜で秋の月を眺める気持はどんなであったろう。澄み渡った月を眺めながらも、思いはたちまち故郷の空、都の空、恋しい人への慕情となるのも無理のないことであった。そこで詠まれたのが、左馬頭行盛のこの一首である。

 「雲井」は空であり、同時に宮中でもある。天皇のおいでになる場所が宮中なのだから、主上のおられる屋島もまた雲居だ——という理屈が、まず立てられる。
 これは慰めの理屈である。神器を携えた主上がここにおられる以上、ここが朝廷なのだ、と。巻第九「三草勢揃え」で福原に叙位任官が行われたのと同じ論理に立っている。
 ところが下の句で、それを自分から崩す。なほ恋しきは都なりけり——理屈はわかっている、それでも恋しいのは都だ、と。「けり」は気づきを表す助動詞で、詠んでいる最中に気づいたという語感がある。理屈を立て、その理屈が自分に効かないことに気づく。その過程が三十一文字のなかで起きている。
 巻第八の九月十三夜には、忠度、経盛、経正の三首が並んだ。あれも屋島で月を見る歌だった。一年後の同じ秋、同じ場所で、同じ月を見ている。ただし詠み手は減っている。忠度も経正も、この春の一の谷で討たれた。

君……天皇。ここでは安徳天皇。
住めば……お住まいになるので。
雲井……空。また宮中。
なほ……それでもやはり。
恋しき……恋しい。
都なりけり……都であったことよ。
左馬頭行盛……平行盛。基盛の子、清盛の孫。
屋島……讃岐国。平家の拠点。
九重……宮中。
荻……水辺に生える草。秋に穂を出す。
出典
平家物語
その他の歌