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せきかねて涙のかかるから衣
のちの形見にぬぎぞかえぬる

歌の意味
堰きとめかねて涙のかかる、この唐衣を、後の形見として脱ぎ替えることだ。
鑑賞
巻第十一 重衡被斬

 重衡は奈良の大衆に引き渡されることになり、その途中、日野に住む北の方の大納言佐殿と最後の対面を許された。夢か現かと呆然とする佐殿に、重衡は涙ながらに語る。去年の春、一の谷で討死するつもりであったのが生捕りにされたうえ、さらし者にまでなり、今度は奈良の大衆の手に渡されて斬られることになったのじゃ。せめてもう一度そなたに逢うことができれば、この世に思い残す事はないと思っていたのだから、もうこれで死んでも惜しくはない。何か形見と思うのだが、出家も許されぬ身でのう——そう言って淋しく笑い、急に思いついたらしく、額にかかる髪の毛の口あたりまで届くところを一むら喰いちぎって渡した。
 北の方も、私とてもお別れした後はどんなに死んでしまおうかと思ったものの、この世にないのとは事変り、ひょっとしてもう一度お目にかかれるかも知れないと、そればかりを楽しみに生き長らえて来たのでございます、でもそれも今日限り、貴方様のいないこの世など何の未練もなくなってしまいます、と言ってすがって泣いた。
 それにしてもそのお召物では余りに見すぼらしい、せめてお召し替えだけでも——北の方は袷の小袖に浄衣を添えて差し出す。衣服を取り替えると、重衡は今まで着ていた狩衣を差し出した。こんな物でも形見になろう、持っていてくれ、と。せめて一言何か書いて下さいましたら、もっと嬉しゅうございますが——北の方が硯を差し出すと、重衡はすぐ筆をとって、この一首を書いた。

 「から衣」は唐風の衣で、和歌では「着る」「脱ぐ」「たつ」などを導く歌語である。ここではその歌語が、実際に脱いだ狩衣そのものを指している。修辞ではなく現物になっている。
 「せきかねて」は堰きとめかねて、である。涙が衣にかかり、その衣を脱いで渡す。涙のついた衣が、そのまま形見になる。
 巻第七で忠度は歌の巻物を、経正は琵琶を残した。巻第十「首渡し」で維盛は手紙を形見と呼んだ。この人が残せたのは、喰いちぎった髪の毛一むらと、着古した狩衣だけである。出家も許されない身であるから、法名も遺髪も正式には残せない。形見の乏しさが、そのまま罪の重さを示している。
 重衡は巻第五「奈良炎上」で東大寺大仏殿を焼いた人である。その罪ゆえに出家を許されず、南都の衆徒に渡されて、木津川のほとりで斬られる。

せきかねて……堰きとめることができないで。
から衣……唐風の衣。「着る」「脱ぐ」を導く歌語。
のちの形見……後々の思い出の品。
ぬぎぞかへぬる……脱ぎ替えた。
大納言佐殿……重衡の北の方。
狩衣……略式の上着。
浄衣……白い清浄な衣。
袷の小袖……裏をつけた小袖。
日野……山城国の地。
南都の衆徒……東大寺興福寺の僧たち。
出典
平家物語
その他の歌