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岩根ふみ誰かはとわん楢の葉の
そよぐは鹿の渡るなりけり

歌の意味
岩根を踏み分けて、誰が訪ねてこようか。楢の葉がそよぐのは、鹿が渡っているのであった。
鑑賞
灌頂巻 大原入

 七月九日の大地震は、女院の住居をすっかり駄目にしてしまった。もともとあばら屋であったところに、あの揺れ方である。築地も崩れ、荒れた御所も傾き破れて、住めるありさまではなくなった。
 どこか静かなところで念仏三昧に過ごしたい——女院がそう言われるままに適当な場所を物色していると、寂光院というところを勧める者があった。都から遥かに離れた大原山の奥、人里稀な淋しいところだったが、女院は大変乗気であったから、そこへ居を移すことに決まる。引越しの荷物などあるはずもなかったが、輿の世話や出立の準備をしてくれたのは隆房の奥方だった。
 都を離れて次第に大原に近づいてくると、そこはまったく物淋しい場所である。山陰のせいかすぐ夕暮になり、どこで打つ鐘か、入相の鐘の音さえもひとしお淋しさをつのらせる。風が出てきて木の葉がさやさやと音をたて、鹿の音ずれさえ聞こえてくる山の中である。過ぎし日に西国の浦々島々を渡ったときも、これほど心細くはなかったような思いもする。
 寂光院に着くと、傍らにささやかな庵を結び、一間を寝所、一間を仏間として、朝から晩まで念仏に明け暮れる日常を送るようになった。
 ある夜、かさこそと庭の落葉を踏みしだく音がした。今頃いったい誰が来たのか、まさか世を忍ぶ私に危害を加えようという者もあるまいが——おそるおそる女房を出して見せにやると、一匹の小鹿が庭を通りぬけていった。女院が、誰か参ったのかと尋ねると、大納言佐殿は涙を押えてこの一首を詠むのであった。

 上の句で問い、下の句で答える。誰が訪ねてくるだろうか、いや誰も来ない——鹿だった、という構成である。
 「岩根ふみ」は険しい山道を踏み越えることで、そこまでして訪ねてくる人はいない、という含みを最初に置いている。
 注意したいのは、答えの部分に感情の語が一つもないことである。鹿が渡っているのであった、と事実だけを述べて終わる。落胆も嘆きも言わない。言わないことによって、期待していたことがわかる仕組みになっている。
 この大納言佐殿は、本三位中将重衡の北の方である。巻第十一「内侍所の都入」では捕虜として明石の浦に着き、「我が身こそ明石の浦に旅寝せめ」と詠んだ。同じ巻の末尾では、南都へ引き渡される夫と最後の別れを交わし、「ぬぎかうる衣も今は何かせん」と返した。夫を失い、出家して、いま女院に仕えている。

岩根……大きな岩。また山の険しいところ。
ふみ……踏み分けて。
誰かはとはん……誰が訪ねてこようか、いや誰も来ない。
楢の葉……ならの木の葉。
そよぐ……風で音をたてる。
渡る……通り過ぎる。
寂光院……大原にある尼寺。
大納言佐殿……本三位中将重衡の北の方。
入相の鐘……日暮れに撞く鐘。
隆房……藤原隆房。巻第四「還御」、巻第六「小督」に登場する。
出典
平家物語
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