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池水に汀の桜散り敷きて
波の花こそ盛りなりけれ

歌の意味
池の水に、汀の桜が散り敷いて、波の花こそが今を盛りであったことよ。
鑑賞
灌頂巻 大原御幸

 女院が大原の里に隠れ住んでおられることを聞かれた後白河法皇は、前々から一度、寂光院を訪ねたいと思っておられた。二月三月の寒い季節はさすがに無理なので、賀茂の祭も過ぎた四月半ば、大原御幸をいよいよ実行されることになる。お忍びの御幸ではあったが、供奉は徳大寺実定以下、公卿六人、殿上人八人、北面の武士も数人が加わった。途中、清原深養父の建立になる補陀落寺、小野皇太后宮の旧跡などをご覧になりながら進まれた。
 ちょうど四月も二十日過ぎのことで、そろそろ春も終ろうとしている。夏草の茂みを踏んで、人の通ったこともない山道を分け行くのであるから、見慣れぬ風景に法皇も興をそそられた様子であった。しばらく行くと、西の山の麓にそれらしき御堂が見えてくる。年代を経た泉水木立がいかにも由緒あり気で、庭の若草も今を盛りと茂り合っていた。池の中州の松には薄紫の藤がしだれかかり、遅咲きの桜が色どりを添えている。折しも山ほととぎすがわけ知り顔にひと声鳴くのも、一層情趣があった。
 そこで法皇が詠まれたのが、この一首である。

 桜が水に散り敷いて、水面が花で埋まっている。それを「波の花」と呼び、その波の花こそが盛りだと言う。
 枝の桜はもう散り終えた。散ってしまってから、水の上で盛りを迎える。散った後にこそ盛りがある、という逆転が、この一首の要である。
 法皇はこの後、朽ちた庵に住む女院と対面することになる。栄華を極めた一門が滅び、その娘が山奥の庵にいる。散った後の盛りという見立ては、これから会う相手のことでもある。ただし法皇はそれを言わない。目の前の池を詠んだだけの歌として置かれている。言わないでおくことによって、読む者に気づかせる配置になっている。
 なおこの法皇は、平家にとって最も油断のならない相手であった。巻第三で清盛に鳥羽殿へ幽閉され、巻第七では平家の都落ちの計画を察して一人御所を忍び出た人である。その人が、滅びた一門の娘を訪ねてゆく場面から、灌頂巻の中心が始まる。

池水……池の水。
汀……水際。
散り敷きて……散って一面に敷きつめて。
波の花……波が花のように見えるもの。ここでは水面に散った桜。
盛り……最も盛んな時。
大原御幸……法皇が大原へ御幸すること。
供奉……お供に加わること。
徳大寺実定……藤原実定。巻第五「月見」に登場する。
補陀落寺……大原にあった寺。
賀茂の祭……四月の中の酉の日に行われた賀茂社の祭。
出典
平家物語
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